Too much pain
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| 『今から、そっち行っていい?』ってメールが来て、『いいよ』って返信して。 一分も立たないうちにドアがノックされたから、もしかしたら後藤はホテルの廊下でメールを打ってたのかもしれない。 ドアを開けた瞬間にそんなことを考えて、だからしばらく相手の顔をじっと見つめてしまった。 「中、入れてくれないの?」 「あ、ごめん」 慌てて後退る。後藤はごく普通に部屋の中に入って来て――律義にドアを閉めて、チェーンを掛けた。 長居するって意思表示だな、とは思った。 「あー。圭ちゃーん」 何かに気づいたような後藤の声に、知らず、唇が尖る。 「……何よ」 そう言いながら、何処か後ろめたい気持ちがしていた。テーブルの上に、プルトップの開いたビールの缶がひとつ。 「お酒なんて飲んでるんだー。一人で?お風呂上がりに一杯?ふーん……」 「いいじゃん、別に。あたし大人だし、なんも問題ない」 「そうねー。さっすが、二十歳だねぇ。ハマチハマチー」 「うるっさいなぁ……」 慣れ切った軽口。いつも通りに不機嫌な表情を作る。後藤は、無邪気だ。 楽しそうな瞳で、こっちをじっと見つめて。それから、ビールの缶を手に取った。 「飲んでいい?」 「……」 「ダメだよね。ハイ。分かってます」 あたしは答えなかった。とくに睨んだ訳でもない。けれど、後藤はすんなりと諦めた様子を見せる。 「ねぇ、圭ちゃん酔ってる?」 「酔ってないよ」 そんなこと、手にした缶の重さで分かりそうなものだ。まだ、たぶん半分以上残ってる。 反応が鈍いのは、戸惑ってるせいで。 ――それだって、分かりそうなものだと思うんだけど。 缶を持ったまま、後藤はバスルームに消えた。 ほどなく、それが零されてるらしき音と、被さるように水道の音。 「後藤さーん……」 「だって、圭ちゃんもう飲まないんでしょー?」 気持ち大きめの声が返ってくる。見透かされてる気がして、黙り込んだ。 冷蔵庫を開けて、買ってあったウーロン茶のペットボトルを取り出す。――こっちの方が、今はすんなり喉を通る。 ただ、気分だけなんだ。一人で、何気なくアルコールを口にする気分。それが可笑しくない筈の年齢。 上手く説明できる自信はないけどさ。って、言い訳しなきゃならない理由もないか。 一人ごちて、ベッドに腰を下ろす。冷たいウーロン茶に口をつけたら、だいぶ落ち着いた。 浮き足立ってることにさえ、そのとき初めて気がついたぐらい。 「そう言えばさぁ、後藤。カオリ知らない?」 バスルームに向かって呼びかけたら、ひょこ、と顔が覗く。 「ちゃんと言ってきたよー?後藤こっちで寝たいんだけど、カオリいい?って聞いたら、いいよーって」 「はぁ?何、そんな話になってんの?」 「そう。なってるの」 後藤は、手にした缶の処遇に迷ったあげく、元通りにテーブルに置いた。カラン、と軽い音がする。 そうして、こっちに近づいてきたと思ったら、すっと手を伸ばした。 「一口ちょうだい」 あたしは、ペットボトルをほとんど無意識に差し出す。後藤がそれを受け取って、こくり、と喉が動くのを見つめるともなく眺めて。 ――うん。そう。今日はツインで、カオリと同室で。後藤は、確か矢口と……だったんだけど。 「やっぱ、こっちの方が美味しいね」 ふむ、と何かに納得したような後藤の声で、我に返る。目の前に立つのは、紛れもない十五歳。 「あんた、さっきのあれ、飲んだの?」 「んー、一口だけ」 後藤は悪びれた様子もなく、むしろ得意そうな表情をしてみせた。叱るべきなんだろうか。軽く目眩がする。 「……そういうこと、しないの」 窘めるように言ってみたけど、きっと意味なんかない。後藤だって、そんなことは分かっている筈だ。 ――分かっている、筈なのに。なんで。そっちの方が、よっぽど問題。 「圭ちゃんさぁ……」 手に返されたペットボトルのキャップをはめながら、次の言葉を待つ。 うっすら水滴を帯びたそれが、じんわりと手のひらに冷たい。 「……なんでもない」 「なんだよ」 「もっと、うわーって怒るかと思った」 後藤がいつもの調子で答えて、あたしは脱力して顔を伏せる。 「……あんたねぇ……」 それ以上言葉が紡げない。ただ、苦笑いする。後藤も笑っている気配がした。仰ぎ見る気力もなかったけれど。 ――ずっと後になって、後藤は何かを確かめたかったのかもしれない、と少し思った。 どうしたって、あたしは後藤と一緒に騒げないし。大人の目を盗んで楽しみたいなら、もっと他の子の所に行けばよかったんだ。 あのとき、あたしが感じたのは、すぐそばにいる後藤との、絶対的な『距離』だった。 |