Too much pain
−1−



『今から、そっち行っていい?』ってメールが来て、『いいよ』って返信して。

一分も立たないうちにドアがノックされたから、もしかしたら後藤はホテルの廊下でメールを打ってたのかもしれない。

ドアを開けた瞬間にそんなことを考えて、だからしばらく相手の顔をじっと見つめてしまった。

「中、入れてくれないの?」

「あ、ごめん」

慌てて後退る。後藤はごく普通に部屋の中に入って来て――律義にドアを閉めて、チェーンを掛けた。

長居するって意思表示だな、とは思った。



「あー。圭ちゃーん」

何かに気づいたような後藤の声に、知らず、唇が尖る。

「……何よ」

そう言いながら、何処か後ろめたい気持ちがしていた。テーブルの上に、プルトップの開いたビールの缶がひとつ。

「お酒なんて飲んでるんだー。一人で?お風呂上がりに一杯?ふーん……」

「いいじゃん、別に。あたし大人だし、なんも問題ない」

「そうねー。さっすが、二十歳だねぇ。ハマチハマチー」

「うるっさいなぁ……」

慣れ切った軽口。いつも通りに不機嫌な表情を作る。後藤は、無邪気だ。

楽しそうな瞳で、こっちをじっと見つめて。それから、ビールの缶を手に取った。

「飲んでいい?」

「……」

「ダメだよね。ハイ。分かってます」

あたしは答えなかった。とくに睨んだ訳でもない。けれど、後藤はすんなりと諦めた様子を見せる。

「ねぇ、圭ちゃん酔ってる?」

「酔ってないよ」

そんなこと、手にした缶の重さで分かりそうなものだ。まだ、たぶん半分以上残ってる。

反応が鈍いのは、戸惑ってるせいで。

――それだって、分かりそうなものだと思うんだけど。



缶を持ったまま、後藤はバスルームに消えた。

ほどなく、それが零されてるらしき音と、被さるように水道の音。

「後藤さーん……」

「だって、圭ちゃんもう飲まないんでしょー?」

気持ち大きめの声が返ってくる。見透かされてる気がして、黙り込んだ。

冷蔵庫を開けて、買ってあったウーロン茶のペットボトルを取り出す。――こっちの方が、今はすんなり喉を通る。

ただ、気分だけなんだ。一人で、何気なくアルコールを口にする気分。それが可笑しくない筈の年齢。

上手く説明できる自信はないけどさ。って、言い訳しなきゃならない理由もないか。

一人ごちて、ベッドに腰を下ろす。冷たいウーロン茶に口をつけたら、だいぶ落ち着いた。

浮き足立ってることにさえ、そのとき初めて気がついたぐらい。



「そう言えばさぁ、後藤。カオリ知らない?」

バスルームに向かって呼びかけたら、ひょこ、と顔が覗く。

「ちゃんと言ってきたよー?後藤こっちで寝たいんだけど、カオリいい?って聞いたら、いいよーって」

「はぁ?何、そんな話になってんの?」

「そう。なってるの」

後藤は、手にした缶の処遇に迷ったあげく、元通りにテーブルに置いた。カラン、と軽い音がする。

そうして、こっちに近づいてきたと思ったら、すっと手を伸ばした。

「一口ちょうだい」

あたしは、ペットボトルをほとんど無意識に差し出す。後藤がそれを受け取って、こくり、と喉が動くのを見つめるともなく眺めて。

――うん。そう。今日はツインで、カオリと同室で。後藤は、確か矢口と……だったんだけど。

「やっぱ、こっちの方が美味しいね」

ふむ、と何かに納得したような後藤の声で、我に返る。目の前に立つのは、紛れもない十五歳。

「あんた、さっきのあれ、飲んだの?」

「んー、一口だけ」

後藤は悪びれた様子もなく、むしろ得意そうな表情をしてみせた。叱るべきなんだろうか。軽く目眩がする。

「……そういうこと、しないの」

窘めるように言ってみたけど、きっと意味なんかない。後藤だって、そんなことは分かっている筈だ。

――分かっている、筈なのに。なんで。そっちの方が、よっぽど問題。

「圭ちゃんさぁ……」

手に返されたペットボトルのキャップをはめながら、次の言葉を待つ。

うっすら水滴を帯びたそれが、じんわりと手のひらに冷たい。

「……なんでもない」

「なんだよ」

「もっと、うわーって怒るかと思った」

後藤がいつもの調子で答えて、あたしは脱力して顔を伏せる。

「……あんたねぇ……」

それ以上言葉が紡げない。ただ、苦笑いする。後藤も笑っている気配がした。仰ぎ見る気力もなかったけれど。





――ずっと後になって、後藤は何かを確かめたかったのかもしれない、と少し思った。

どうしたって、あたしは後藤と一緒に騒げないし。大人の目を盗んで楽しみたいなら、もっと他の子の所に行けばよかったんだ。

あのとき、あたしが感じたのは、すぐそばにいる後藤との、絶対的な『距離』だった。






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