あの日のことは、不思議とよく覚えている。
「市井、青レンジャー!」
「じゃあ、後藤、赤レンジャー!」
控え室で衣装に着替え終えて、出番を待つ間に紗耶香と後藤はきゃあきゃあ騒ぎ出す。
何故だかその日のあたしはテンションが低くて、雑誌を開いたまま二人の笑い声を遠くに聞いていた。
「ねぇねぇ、圭ちゃんも遊ぼうよ」
こっちを伺ってくる紗耶香。の、気配。顔を上げずに答える。
「いい」
「なぁんでーっ?圭ちゃんもおんなじプッチモニの仲間なんだからさぁー」
のしっ、と両肩に重みがかかる。同時に、甘えた声が耳元まで近づいた。
……今日の紗耶香は精神年齢が後藤寄りだ。
別に珍しいことじゃない。ってゆーか、プッチのときは大抵そうなってる気がする。
娘。全員で集まるときは、まだ教育係の顔してるくせに。最近、二人して幼児化するので頭が痛い。
仕方なく、読みかけの雑誌をぱたんと閉じた。
「――あのねぇ、あたし、こないだの誕生日で19歳なんだから。この歳で、それは出来ないっつーの」
首だけで振り向いて、紗耶香に、ぴしりと言い放つ。その肩越し、ほえほえ笑っている後藤が見えた。
「……分かったよー、だ」
ぷぅ、と頬を膨らませてみせてから、紗耶香が離れていった。
あたしはまた雑誌を開いて、視線を落とす。
『圭ちゃん、今日機嫌悪いみたい』
『うん』
『だから、あんまりしつこくしないようにしようね』
『うん』
背後の二人が、そんな無言のやりとりを交わしているのがくっきりと分かる。
あたしはそれで安心して、訳もなく重かった気分が少し軽くなったような気がした。
そんな雰囲気の、得難い貴重さも。あのときにぼんやりと感じていたんだっけ。
まもなく、二人の気配が派手に動き出した。
……気配だけじゃない。物音と、「とうっ!」とか何とか、叫び声。大暴れだ。
時折混じる笑い声に、あぁ楽しそうだな、と客観的に思う。今日の控え室が畳敷きでよかった、とも。
知らず知らずのうちに口元が緩んだ。暖かい気持ち。
と。
「……っ!」
膝下に衝撃と鈍い痛みが走った。
「あっ、うあっ、圭ちゃんゴメン!当たった?当たったよね今っ」
突然のことで言葉が出なくて、ただ膝を抱える。
「ゴメン、ほんとゴメンなさい!痛い?すごい痛い?」
微かに赤くなってるのはスネの部分。俗に言う『弁慶の泣き所』。
衣装はショートパンツで、だから素足のそこに勢いあまった蹴りなんかを食らった場合。
「……めちゃくちゃ痛い」
声のトーンが一段低くなってしまうくらい。そういうこと。
「ゴメン!だって足伸ばしてると思わなかったし!」
「……」
「ごっ、後藤がよけるんだもん!こう、ヘンに勢いがついちゃってさあっ!」
「……」
「……ごめんなさい。今度から気をつけます」
「頼むよ。マジで」
はあ、と大きく溜息をつく。怒るのは疲れる。
紗耶香はしっかり反省の色を見せて、それでも元気にまた後藤と遊び始めた。
後藤はと言えば、一部始終をのほほんと傍観していたらしい。
そうして、穏やかな空気が戻ってきて。スタジオ入りの時間を告げられて、3人で返事をして――。
――そこで、目が、覚めた。
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