A cold night
−1−



「……ったく」

思わず零れた呟きは、誰に向けた訳でもなかった。強いて言うなら食べ散らかされたお菓子達に。

まぁ、本気で怒ったり呆れたりすることでもないけど。ホテル泊まりのとき溜まり場にされやすいのは、今に始まったことではないし。

自分から誰かの部屋に押しかけるタイプじゃないから、助かってるのかも知れないしね。ある意味ね。

そんな訳で、みんなが自分の部屋に引き揚げた後、こうして残骸を片づけるのも慣れたものだったりする。自慢じゃないけど。

「てゆーか圭織、持って来た雑誌ぐらい持って帰ってよね……いっか、捨てちゃえ」

テーブルの上のものを勢いよくゴミ箱に放り込んでいたら、コツコツ、とドアをノックする音が聞こえた。



覗いたドアスコープの向こうには、ついさっき戻っていったばかりの後藤がいた。

なんだろ?と思いながら、まだチェーンをかけていなかったドアを開ける。

「ごっちん?」

「ごめん圭ちゃん、携帯忘れちゃった」

後藤は、とてとてと足早に部屋の奥へ入って行った。ごく普通の調子で。

「何やってんだか」

陣取っていたソファの辺りをうろうろしている、その背中に向かって言う。誰かが忘れ物をしていくのも、別に珍しいことじゃない。

「んー。あ、あった」

ほどなく自分の携帯を手にした後藤は、そのまま液晶に見入ってしまった。メールの着信があったらしく、操作を始める。

「ちょっとー。後藤さーん?部屋帰んないのー?」

「あー、待って。なんかねぇ、ここの方が電波がいいんだよねー」

のほほんと答える声に、長くなりそうだな、と悟る。ドアに鍵をかけて、あたしも奥へと戻った。

メールを送り返している後藤をよそに、中断していた作業を再開する。ゴミを全部捨てて、リモコンを探し出してテレビを消して。

すっかり片づいて手持ちぶさたになったあたしは、あらためて後藤を振り返った。

「いつまでやってんの、ごっちん。さっさと戻って寝ないと、明日起きらんないよ?」

「うん。もーちょっと……」

うわの空な感じで答えられたけど、まぁ後藤だからしょうがない、なんて思う。メールのやりとりをしているのを、なんとなく眺めていた。

視線を伏せているだけでやたらと真剣に見える、後藤の横顔を。



「圭ちゃん、風邪ってさ、もう大丈夫なの?」

不意に問い掛けられたのは、明日の支度をしておこうとバッグの中を探っていたときに、後ろから。

「は?」

突然の質問に振り返ったら、さっきまでと同じ場所に立ったままの後藤がこっちを見ていた。

「やー、だからさ。風邪じゃなかったっけ、扁桃腺?もう、熱出たりとかしないよね」

何故だか自分の喉元に手を当てて、首を傾げてみせたりする後藤はまるで子供みたいだ。パジャマ代わりのジャージ姿。

「……あぁ。もう全然?ってゆーかいつの話よ、それ」

言うほど古い話じゃなかったけれど、あんまり思い出したくない話題で、あたしはついついキツい口調になってしまう。

それでも後藤は気にするふうでもなく、そうだよねぇ、なんて笑った。

そうして、ぽすり、とソファに腰を下ろす。はーあ、と安堵とも溜息ともつかない声を漏らしながら。



「何、ごっちん、風邪っぽいの?熱は?」

脈絡のない会話と行動に、あたしは少し動揺していた。そのまま歩み寄って、後藤の額に手を当てる。

「熱、あるかなぁ」

ぼんやりと見上げる瞳。本気で焦る。自分の額に当てた反対の手と、けれどもはっきりした差は感じられない。

「ダメだ、分かんない。体温計でちゃんと計んないと……頭痛い?喉?」

覗き込んだあたしに、後藤は、ふにぃっと顔を緩ませた。

「ううん、別に何処も痛くないよ。熱もねー、計っても平熱だと思う」

呑気な言葉を聞いて、やっと落ち着いて我に返った。……てゆうか。後藤。

「なんとも、ない?別に。もしかして。最初っから」

「うん。全然ー」

へらっ、と笑顔を見せた後藤は、それから本格的に笑い出した。だって圭ちゃん、超真剣な顔してんの!とか言いながら。

あぁ、確かにあたしの勘違いだけどさぁ!いきなり訳分かんないこと言うから!――あたしは、ひとしきり、切れて叫んだ。一応。



「ちょっと。もういいよ、あんた早く部屋帰んなさいよ」

切れた延長で、そう言い放つ。理想的な就寝時間はとっくに過ぎている。

「そうねー。うん」

素直な返事は口先だけのこと。後藤はどうにも動こうとしなかった。なんだか、立ち上がる意志を感じない。

そして、何気にずっと手にしていた――元々それを取りに来た筈の――携帯電話を、テーブルの上に無造作に置いた。



「何……泊まってくの?」

「んー。そうする」

降って湧いたような結論に、あたしは少しだけ気持ちが追いつかなかった。






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