Too much pain
−3−



抱き寄せた頭を、たしたしと撫でる。

後藤の髪を指で梳いて、沈黙に抗うのを諦めた。

言葉が見つからなくて、探すのにも飽いて。

それにしても随分と長くなったなぁ、なんて黒髪に視線を落として漠然と考えていた。

いつ頃の後藤と比べて、そんなふうに思ったんだろう。無意識だったので、それには気づかずに。

ゆるゆると、後藤の腕が背中に回される感触に、そっと息をついた。

「後藤」

腕の中で、微かに顔を上げる気配。けれどもそっちを伺えないで、零れるままの言葉を紡ぐ。

「いいのかな」

躊躇した訳じゃない。配慮とかそんなの、今の思考能力じゃ追いつく筈もない。

ただ、言葉が口を衝いて出て、後藤の手がTシャツをきゅっと引っ張るのに妙に安心して。

「……そんなの」

仕方ないじゃん、とそっけなく続く後藤の声に耳を傾ける。

「だってさ、圭ちゃんが後藤のこと好きなんだからさ」

真摯な強さで響く、甘えてるんだか逆なんだか分からない言葉。

そのまま受け取って、あたしは少し笑う。

「そっか」

「うん」

「あたしが、後藤のこと好きなんだ」

「……うん」

口にしたのは、たぶん初めてだったと思う。

目眩がするみたいに、ゆらり、と身体が平衡感覚を失う。

あたしの意志と。後藤の意志と。少しずつ倒れ込んで、ゆっくりと沈んでゆく。

今じゃなきゃ意味が無いんだ。そんなこと、確かめるまでもなく知っていた。





近づく距離を、肌で感じる。急くのを抑えて、呼吸の音を聴いて。

首筋に指を添えると、後藤が軽く身を捩る。視界の端で、長い髪が跳ねるのが見えた。

顕著な反応に、熱を帯びる衝動。指先も手のひらも唇も、全身で後藤に惹かれる。

同じ分だけ後藤が求めてるって、そう信じ切ってしまえたらいいのに。

頼りなく閉じてる瞼を見下ろして、何も言えずに唇を重ねた。そういう、気持ちの伝え方。

後藤の熱に触れる度、切ない気持ちが溶けてゆく気がした。



あたしの背中に回されてる手に、ぐっと力が込められる。

腕とか、肩。不用意に縋り付かせていた場所に、後藤は何かを堪えるように歯を立てる。

跡が残りそうだ、とぼんやり思うけれど、振り解かない。

明日の朝か、それ以降。そのときには、文句の一つも言ってやるけど。

今は。今だけ。

甘んじて受け入れる、全てを許せる。



酷いことをしている。その自覚は消えない。

それでも、後藤が望むならきっと誰よりも優しく出来る。

後藤の身体にあたしを刻んで、あたしの身体に後藤を浸透させて。

――離れたく、ない。

距離が限りなくゼロに近づいた瞬間に、泣きたい気持ちで願った。





ぴくり、と後藤の瞼が震えて、ゆっくり開く。ずっと見つめていたことに気づかなかった。

まどろむような視線が宙をさまよって、あたしを捉える。

「……圭ちゃん。後藤、寝ていい?」

ぽやんとした言葉に苦笑してから、その頭を撫でた。

「いいよ。朝、ちょっと早く起こすからね」

後藤は、ふわりと柔らかく微笑んで目を閉じる。

と、不意に片方の腕を伸ばして、あたしの手を探り当てて掴んだ。



「一緒にいて」



引かれる力とその言葉に、たちまち胸が詰まる。

「……いるよ」

一緒にいるよ。ここに、いる。掠れた声が届いたのか、後藤が繋いだ手に顔を寄せた。

穏やかな表情を翳らせるように、目元に涙が滲む。きつく結んだ唇を、堪え切れずに震わせて。

「後藤……」

抱き上げる前に、後藤が跳ね起きてあたしの身体をかき抱いた。

首筋に押し当てられている頬が熱い。涙で濡れていく感触に、動けなくなった。

「……分かんないよ……」

途切れ途切れの呟きが、しゃくりあげる声に混じって耳元に訴えかける。

最短距離で響く声に、あたしは目を閉じてそっと後藤の背中を抱いた。

「なんで……ねぇ、圭ちゃん……なんで?分かんない……」

子供みたいに繰り返して、後藤は何かの答えを探してる。

こんなに辛そうな後藤を見たくないのに、あたしはその答えを与えてあげられない。

あたしも、ずっと、探してる。

だから、同じ辛さで涙を流すことしか、今は出来ない。



一緒にいて。一緒にいたい。

そう願う気持ちのすぐそばで、いつまでも一緒にいられない、と自分に言い聞かせてしまうのは何故。

それでいて、まだ誰かと手を繋ぐことを望んでしまうのは何故。

誰かのせいじゃなく、弱さのためでもなく、何度も何度も胸が塞ぐ。



――目が覚めるまで、そばにいるから。

そんなふうに茶化せる夜を、あたしたちは、あとどれくらい重ねられるだろう。

いつか、傷はただの傷跡になるのかな。今夜はとても追いつかなくて、痛みの中で身を寄せて眠った。