Sweet night



明日は後藤が起こしてね。

軽い気持ちでそう言ってみたけど、相手は予想以上に痛いカオをした。

「えぇっ?……無理、じゃないかなぁ」

分かってる。あたしもそう思う。てゆーか後藤、もっときっぱりはっきり断るかと思った。

「……市井ちゃん、早起きだしー……。あたし、起きれない気がする……」

ちっちゃい声で、うつむき気味に。うーん、やっぱり後藤、まだあたしに遠慮、するんだ。

まぁ、敬語じゃなくなったし『市井さん』から『市井ちゃん』になったし、いいかなって思うけど。

じっと見つめる目が言葉以上に困ってて、そーゆうとこ可愛い。

「ま、あたし寝起きいいからね。言ってみただけだよ」

ぽん、と肩を叩くと軽く目を伏せて、申し訳なさそうな顔。でも。

「うん、ごめんね。起こしてね、市井ちゃん」

って……うーん、なんかまた甘やかしてる?失敗?あたし。


部屋で、二人して、ぺたんと床に腰を下ろして。

「あれ?」

いつも持ち歩いているでっかいバッグの中をがさがさしながら、後藤が呟く。

「なに?どしたの」

「パジャマ忘れた……」

おいおい後藤。今日はあたしんちにお泊りだよ?

いや、なんでかってゆーと集合場所にわりと近いからだけどさ。

だからさっき、明日起こしてなんて話になったんだけどさ。

つまり、要するに。

「しょーがないねぇ。ちょっと待ってて」

あたしはタンスを開けて自分の分を取り出しつつ、後藤の分を探す。

ちょっと前までレギュラーにしてた水色のパジャマ。コレでいい?と後藤の頭に乗せた。

「あ……うん、ありがとう。ごめんね、借ります」

にっこり笑う後藤の頭に、さらに取り出したバスタオルを重ねる。

パジャマを忘れたなんて言うこの子が、バスタオルを持ってきている筈がない。

「先にお風呂入っといでよ。場所分かるよね?」

はーい、と良い子のお返事をして、後藤はパジャマとバスタオルを両手で抱えた。

「なんか、市井ちゃんになった気分っ」

意味不明な感想を残して、部屋をとことこ出て行く。

まぁ、楽しそうだからいいや、と思ったんだけど……いいのか?ホントに。



お風呂から上がって部屋に戻ると、後藤は本棚からマンガを取り出して読みふけっていた。

まだ『あたしになった気分』のまんまでいるんだろーか。

ドライヤーで髪を乾かしながら、面白くってなんとなく観察してしまった。

でも別に、いつもの後藤そのものだけど。ぼーっとして、たまにきょときょとして。

着慣れない服が気になるのか、袖とか襟とかやたらさわってることに気づいて声をかける。

「なんか気になる?それ。サイズ大丈夫と思ったんだけど」

後藤は真顔で、うん、大丈夫だけどと答えて。

「あのね、これね、市井ちゃんの匂いするよ」

なっ。

「ちゃんと洗ってあるやつだよ?」

不意打ちな言葉に動揺して、あたしは後藤の腕を引き寄せた。別にふつーじゃん?

ってゆーか近づくと、後藤の髪からお風呂上がりのシャンプーの匂い。……あ?

「や、そーゆうんじゃなくって、そーゆうんじゃないんだけど」

後藤の髪は、いつもあたしが使っているシャンプーの匂いがする。

あたしの部屋で、あたしの服なんか着て。

「なんかね、市井ちゃんに抱きしめられてるみたい……」

フェードアウトする語尾が、笑い声に変わってゆく。

思いがけない感想に、あたしは2秒間、固まった。



2秒後。

床に倒れ伏すように笑い転げている後藤の背中にタックル。

首に腕を回して、苦しくない程度に力を込めて。

「何言ってんだぁ!後藤!」

やはははごめんなさーい、と笑い止まない声で後藤が叫ぶ。

あたしもなんだか笑っちゃって力が入らない。

そう言えば今まさに抱きしめてる訳なんだけど、二人してそれには気づかず。

「どぉよ、どんな感じー?ドキドキしたんじゃないの?」

「あはは……なんかねー、えー、でも、いい気持ちだったよ」

同じ香りに包まれながら、そんなあたまのわるーい会話をしていたのだった。

そうしてあたしは、なんだか幸せな気持ちになってる自分に気づく。

笑いながら、抱きしめたまま。

なんだろうこの気持ち。後藤が楽しい。てゆーか可愛い。胸の奥があったかくなってく。

「好きだぞっ」

そんな気持ちをいちばん伝えられる言葉を選んで、耳元でささやいた。

「やったぁ♪」

通じてるんだか通じてないんだか、後藤は相変わらず笑っているだけだったけど。

それで、子供はもうお休みの時間なんだけど。



隣ですやすやと、天下泰平の寝顔を見せている後藤の髪にそっとふれる。

あたしはなんとなく寝つけなくて、ベッドに入った後の会話を思い出していた。

『やっぱり、明日の朝、後藤が起こしてくれないかな』

あたしがそう言うと、後藤はきゅっと真剣な顔をしてこう言った。

『……がんばってみる』

って。

別に、後藤に早起きの習慣をつけさせようとかそういう訳じゃないんだ。

ただ、あたしが勝手に、後藤に起こして欲しいだけ。

後藤の声で起きれたら幸せだなぁなんて――ちょっと思っちゃった、だけ。

そういう訳だから、後藤の『がんばり』には大いに期待するけれども。

あたしは目覚まし時計のタイマーを確認すると、自分の枕元寄りに、それを置いた。