On the road



「後藤ね、市井ちゃんのこと好きだったかもしれない」



何、言ってんだろ。自分で思った。言った後で。

だけども、分かってる。自分の気持ちを確かめたかった。言葉に変えて――誰か、聞いて。



だから。たまたま、そこにいたのが圭ちゃんだけだった、ってこと。

何の含みも意味もない。きっと。

ロケバスの二人掛けのシートに、珍しく隣り合わせで座ってる。車内には他に誰もいなくて、走り出す気配もなくて。

「なんだ、今さら」

いつもと変わらない声で、圭ちゃんが言った。

笑うでもなく、呆れるでもなく。視線を雑誌に落としたまま、無表情に続ける。

「そんなの知ってるよ。後藤は紗耶香のことが大好きだったんだよ」

人のことなのに決めつけるみたいな、強い断定の口調。いつだって、言い返せなくなる。

負けてしまうとか譲ってるとかじゃなくて、あぁ、そうかもしれないな、って思ってしまうあたしは――O型なんだ。そのせいだ。

そのときも、だから黙ってた。圭ちゃんの、ページを捲る指先を見てた。

不意に、ばさり、と雑誌を閉じられて、一瞬焦点が合わなかったぐらいに。



「じゃあ言うけど、あたしも紗耶香のこと好きだったんだけど」

静かな口調。圭ちゃんの声はよく通る。驚いたりはしなかった。すごく突然だったけど。

「――うん。後藤、知ってた」

だって本当にそう思ったから。圭ちゃんは市井ちゃんを好きだった。言葉で考えるのは初めてだけど、すんなりと理解できる。

「なんだよ、もう」

圭ちゃんが、少し笑った。お互いに正面を向いたままでも、それは気配でちゃんと分かった。



「ねー、後藤の教育係って、なんで市井ちゃんだったの?」

「なんでって、別に。元々、あたしら……あたしと紗耶香と矢口と、三人でいろいろ教えてあげて、って言われてたんだけど」

「あぁ、そうだよねぇ」

あの頃のことを、思い出す。圭ちゃんも、きっと思い出してる。あたしが入ったばっかりの頃。

何かと喋りかけてくれたのはやぐっちゃんだったし、歌うときの立ち位置は圭ちゃんに教わることが多かった。それでも。

「なんか……いつのまにか、って感じだったのかなぁ。年が近いのもあったし、紗耶香、頑張ってたしね」

あの頃の、市井ちゃん。懐かしい。……すごく、遠い。

甘いような、苦いような気持ちが胸の中にふわっと広がって、息が詰まった。



いつのまにか、なんとなく。そんなふうに決まったことで、全てが始まってしまったんだろうか。少しだけ納得いかなくて、唇を尖らせた。

「何?なんか不満?後藤さん。紗耶香が立候補した、とかだったら良かったって?」

茶化すような声に、思わず恨めし気に視線を向けた。――知ってる。圭ちゃんは現実的で、時々あんまり優しくない。

だけどそのとき、見つめていた横顔の瞳は、柔らかく細められた。

「いいじゃん、別にさ。あんた、紗耶香が教育係だったから好きになった訳じゃないでしょ」



そのまま。圭ちゃんが少し笑って、自分で言ったことに照れてるみたいに視線を伏せて。ゆっくりと動く睫毛とか、口元を見てた。

たちまちそれは、霞んだ視界のせいで、ぼやけてしまったけれど。

「……っ」

ぼろぼろと涙があふれて、頬を伝って膝に落ちた。喉が鳴る。

市井ちゃんが好きだった。圭ちゃんの言う通りだ。教育係だからとかじゃなくて。なんとなく近かった距離のせいだけじゃなくて。

きっと、どんなふうに関わったんだとしても好きになってた。それがたまらなく切なかった。思い通りにならない気持ち。

後悔なんか、絶対にしていないけど。

ぐすぐすと、しゃくりあげながらバッグの中を探って、タオルを取り出す。それに顔を押し当てた。

そうしてたって思い出すんだ。些細なことを、ひとつひとつ。あの頃、あたしは本当に泣いてばかりいたから。

頭を、軽く二つ叩かれた。ぽんぽん、と。圭ちゃんの手。――いつも。初めてのコンサートのときも、シャッフル企画で不安だったときも。

知ってるよ。その瞬間だけ胸がいっぱいになる、圭ちゃんの優しさ。

黙ったままのその隣で、あたしはしばらく泣き止むことが出来なかった。



泣き疲れた頭で、ぼんやりと考える。

いろんなことは、思うよりもたぶん簡単。

誰かを好きだとか、泣きたいとか甘えたいとか。もっと単純に。もっと素直に。そうして、ずっと、続く。



戻れない道の途中で、いつか圭ちゃんが泣きたいときに、あたしはきっと隣にいられる。