Never mind



――久しぶりにあなたの夢を見た。



会いたいな、と思ったのはそのせいだったような、他にもっと理由があったような。

数えるほどしかかけたことのなかった携帯の番号に、思い切って電話してみた。

少しでも困惑の気配がしたら電話だけでやめておこうと思ったけれど、伝わって来たのは純粋な驚きだけで。

そういえばこの人って大抵のことは面白がれるタイプだったっけ、と待ち合わせの約束をした後で思い出した。



外で会おうと申し出たけど、彩っぺは自分の部屋に来ればいいと提案してくれた。

それはちょっと前まで同じ立場だった彩っぺの気遣いだったのかもしれない。

わくわくするけれど少し緊張する。2年近い付き合いの中で、部屋に訪れたことは一度もなかったから。



――4ヶ月ぶり。

ドアを開けられて、その隙間から見えた姿。それだけで、見間違えようもないぐらい『彩っぺ』だと思った。

白いワイシャツの肩、ジーンズの脚。ウェーブのかかった茶色く長い髪も。



「や、久しぶりだねー」

「うん。お邪魔します」

少し痩せた?なんて聞いたら、ふふ、と楽しそうに笑う。

部屋の中は噂通り、色とりどりに雑然としていて。シンプルな服装の彩っぺは、確かにその部屋の主だった。

「あー、でも何か、あたし久しぶりって気がしないや」

「なんで?」

「だってさ、こっちはTVで見てるもん。ホントよく出てるよねー、すっごい忙しいんじゃないの?」

「んー。たぶんね、お正月の頃とそんなに変わんないぐらいだと思う」

当たり前みたいにそんな会話をしていることが不思議と言えば不思議だ。

TVでモーニング娘。を見る気持ち。自分の知らない娘。を見る気持ち。どんなものなんだろう。



本当は、彩っぺに聞きたいことがたくさんあった。

どうして辞めてしまえたの、とか――離れることをどんな気持ちで選んだの、とか。

だけど、それは4ヶ月前に聞きそびれてしまって。聞けなくて。



「裕ちゃん、元気?」

何となくお互いの近況を話していたとき、不意に切り出したのは彩っぺだった。

その言葉には何か秘められてるものがあるような、そんな気がしてしまう。

「……うん。元気ってゆーか、相変わらずって感じ」

曖昧な返事に、彩っぺは、ふーん、と呟いて。あたしはそのときはっきりと気づいた。自分の中のわだかまり。

後ろめたさを感じてる。裕ちゃんのこと。裕ちゃんとの、こと。当然かもしれないけど。

上手く話題をそらせないどころか、あたしは無意識に視線を伏せてしまったりして。次の言葉を紡ぐ彩っぺの表情を見てなくて。



「圭坊って呼ばれてるんだ?」



思わず視線を上げたら、こっちを覗き込むように笑う彩っぺの眼差しにぶつかった。

鮮やかな笑顔を、息が止まりそうな思いで見つめる。

「だから、圭ちゃんに聞いたんだよ。裕ちゃん元気?って」

……あぁ。そういえば、彩っぺは。テーブルの向かい側でミルクティーなんて飲んでる、この人は。

あたしより2つ年上の、お姉さん。何ひとつ勝てっこないんだって、思い出した。

「――ごめん。あたし……」

謝るのも可笑しな話だと分かってはいたけれど、他に言葉が出てこない。

そんなあたしに、彩っぺは、んん?って首を傾げてみせた。

「やだ、なんで謝んの?――ねぇ」

でも、と。口を開きかけたあたしは、彩っぺの強い瞳に何も言えなくなる。

「怒ってるとか思ってる?そんな権利、持ってないよ」

静かな口調。潔い微笑み。

あたしはもう一度、胸の中で呟く。……かなう筈が、ない。



本当は、彩っぺに聞きたいことがたくさんあった。

そばにいるのと離れているのはどっちが辛いの、とか。

でも。



「ね、何か話したいことがあって来たんじゃないの?」

ゆったりと促されて、それに気づく。

あたしがやっと紡げた言葉。ここに来た意味。彩っぺに会いたいと思った、その理由も。



「――紗耶香が、いなくなる」



震える声を、やっとの思いで発する。テーブルの上で無造作に遊んでいた彩っぺの長い指が、霞んで見えなくなる。

それが差し伸べられてあたしの髪にふれたことさえ感じる余裕もなく。

「……紗耶香が。娘。辞める、って」

頬を流れて伝う冷たい感触を、ゆっくりと追う。

やっと誰かの前で泣けた、と。子供みたいな安心に包まれたまま。



あのコらしいね、と彩っぺは言った。

……うん。あたしは、ほどなく泣き止んで、頷く。

それは確かに、紗耶香らしい、と思える行動だったから。

「――寂しくなるね」

彩っぺ自身が寂しいみたいな、そんな声。矛盾してる筈なのに、優しく響いた。



帰りがけ。玄関で靴を履いていたら、後ろからわしゃわしゃと髪を撫でられた。手加減なしに。

「頑張れよー?」

苦笑いで振り向くと、彩っぺは鮮やかに笑ってみせて、それからふと真剣な顔になる。

「圭ちゃんさぁ、欲しいものは欲しいって言っていいんだよ、たまには」

諭すような言葉に、あたしは自分で分かるぐらいに困った顔をした。

今の私、子供だ。すごく久しぶりにそう思う。不思議な気軽さ。

「うん。頑張る、かな」

思うところはいろいろあるけど。

精一杯の笑顔を返して、
ぱちん、とひとつ手のひらを合わせて。そして別れた。



かなわなくても、後ろめたさだけは感じないように。

胸を張っていられたら、きっといつか追いつけるような、そんな気がする。