Like you,like me



久しぶり、なんて挨拶もそこそこに、そそくさと玄関から中へ上がり込む。

「悪いな、急で。あんまり時間も取られへんけど」

懐かしい声に、全然、と振り返って笑ってみせた。

「けっこう暇してるから。今日、日曜日だしね」

「あぁ、そうか」

裕ちゃんは、柔らかく目を細める。あたしは先に立ってリビングを抜けて、ドアが開けっ放しの部屋の中へ足を踏み入れた。

その、ほんの数秒の間に、裕ちゃんが後ろからあたしを観察しているのが分かる。数ヶ月ぶりに会う、市井紗耶香を。

『変わった』と言われるのも『変わらない』と言われるのも、どっちも同じに切ない。気づかないふりで、無遠慮に振るまった。

「うわ、すっごい散らかってる。入って良かった?本当に」

「……散らかってるんちゃうって」

苦笑いの声と、軽く頭を小突かれる感触。たちまち訪れる安心な空気に、あたしは笑って首を竦めた。



白い壁が印象的な裕ちゃんの部屋は、中途半端に配置された家具のせいで雑然として見える。

何より、ソファの上やベッドの上に所狭しと広げられている衣類の山が、混雑を極めていた。

「んっと。どのへんから選んでいいの?」

「何処でも。出してあるのは、全部処分しようと思ってた分やから」

ぐるり、と指差す仕草につられるように、近くにあった服に視線を落とす。

――そもそも、電話で呼び出されたのは、この為だったのだ。

『衣更えと模様替えを一気にやってしまおうと思い立って』、と裕ちゃんは言った。

それで、とりあえず大量にある衣類を片づけるべく、捨てるなり実家に送るなりしようとした、らしいのだけど。

『まだ綺麗なん、けっこうあるから。良かったら、紗耶香、着ぃひんかなと思って』と。

そんな誘いを、あたしは二つ返事で受けた。正直嬉しかったし、ありがたいから。……いろんな意味で。



つまり、この中から欲しいものがあったら持ってっていいよ、ってことで。ぺたりと床に座り込んで、物色を始める。

どれもこれも、当たり前だけど裕ちゃんの好みそのままの服たち。見覚えのあるものもたくさんあった。

「どう?着れそう?」

「あー、うん。大丈夫そう」

「そっか。そんなら良かった」

裕ちゃんはソファの端に腰掛けて、時折、これどうや?と選んで渡してくれた。

「ホンマはな、紗耶香に連絡だけして、勝手に見繕って送ったろうかと思ってんけどな。いらんもん送られても困るやん。なぁ」

「それは困るね……あ、これさ、欲しいんだけど」

「だから、貰ってくれ言うてるやんか。その辺に置いといたら、後でまとめて紗耶香んちに送るから」

無造作に投げ出される言葉に、あたしは本気で感謝の眼差しを向ける。そして、ふと手を止めた。

黒の、細身のジーンズ。ウエストは勿論、丈も直さずに履けそうだ。……そうか。

「ねー、もしかして、みんなにあげてんの?こうやって」

半分答えの分かってる問題を、敢えて聞く。聞きたかった。その言葉を、裕ちゃんの口から。

「いいや?だって、みんなあんまり趣味合わへんやろ。サイズとかもあるし」

穏やかに。ゆっくりと。そうやって耳にする裕ちゃんの声が、けっこう好きだった。

「そうやな……紗耶香やったら丁度えぇな、とは思ったよ。サイズも。服の、好みも」

サイズも、服の好みも。いちばん似ていた。裕ちゃんに、いちばん近しかった。

それは本当に些細なことだけど、あたしを妙に誇らしい気持ちにさせる。

「合ってたやろ?」

確認するような悪戯っぽい視線を向けられて、負けずに得意げな顔をしてみせた。

「……合ってる」



濃いグレーのパンツスーツは、いかにも裕ちゃんに似合いそうなデザインだった。シンプルで、マニッシュで。

それに目を留めたあたしを、裕ちゃんは満足そうに見ている。

「えぇやん。似合うと思うよ、紗耶香」

促されて、姿見の前に立った。ジャケットだけ羽織ってみる。ぎこちない自分が、衣装合わせのときみたいで可笑しい。

そしてそれは、着たことのあるどんな衣装よりずっと、肩も袖もぴったりだった。

「……いいねぇ。いいじゃん」

思わず、自分で口にする。鏡に映った裕ちゃんが笑った。

中に着てるのがTシャツなのとノーメイクなのを差し引けば、十分に大人っぽく無理なく見える。

「じゃ、貰ってな。と。これで、最後かな」

裕ちゃんは手早くスーツをたたんでくれながら、ちらり、と時計に目をやった。



「ごめんなぁ。今度、もっとゆっくり出来るときに、なんか食べに行こうなぁ」

慌しく仕度しながら、本当に申し訳なさそうに裕ちゃんが言った。

「そうだねー。つっても、やっぱ忙しいんでしょ?今」

その辺が分からない人間じゃないから、あたしは曖昧に笑う。数ヶ月前の約束は、約束のまま保留されていた。

「もうちょっと、待っててな。……今、特番がいっぱいやから。有り難いことに」

通り過ぎる言葉の中に、切ないような、それでいて幸せなような感情が揺れたのが分かった。

「あぁ、そういえばもうすぐ卒業だもんね。おめでとー」

何気なく口を衝いた言葉に、裕ちゃんが瞳を軽く見開いた。

「おめでとう、って初めて言われたかも」

「そうなの?……そりゃ、そうか。みんな、そうでしょ」

一瞬でいろんな場面を思い出して、苦く笑う。置いて行かれる側は、どんなに相手を思いやったって、泣く以外のことはままならない。

そして、置いて行く側は。

「まぁな。あと少しやけど、頑張るわ。うん」

他に、ない。

「そうだね。頑張って。応援してるよ」

ぽん、と華奢な肩をひとつ叩く。裕ちゃんは、その手を軽く握って、そして離した。

「そろそろ、行こか。な」

ドアを開けられて、後に付いて外へ出た。

未だに同じように帽子を深く被っているけれど、あたしはただの十七歳で。

芸能人の裕ちゃんが仕事に向かうのを、道の途中で見送る。



「また今度、電話するから」

言いかけた言葉は、振り向いた相手が先に口にした。