Keep on keeping
| 「あー、本当に髪の毛短くなってる」 ……玄関を開けて。いらっしゃい、久しぶりだね、今日も暑いね、って。 一通り挨拶を済ませた直後に来たのが、そんな言葉だった。 「『本当に』って何」 「だってね、テレビで見たとき、なんかよく分かんなかった」 CG合成だとでも思ったんですか上原さん。全く、この子は。 それでも、会えた嬉しさに微苦笑して、部屋の中へ招き入れる。 「ゴハン、もうちょっとで出来るから」 冷たい麦茶を出してそう言うと、多香はすごく満足そうな顔をしていた。 初めて来た訳でもないのに、あちこち見回したりして。 「寛子の匂いがする」 しみじみと呟くのを、背中でくすぐったく聞いた。 「多香。そこ開けてたら、冷房逃げちゃうよ」 フライパンの乗ったコンロに火を点けようとして、ちらっと振り返ったら、案の定。 部屋からキッチンに続くドアを開けっ放しにして、多香がそこから覗いてる。 「一人で待ってるの退屈なんだもん」 「じゃあ、こっち来て手伝いなさい」 「んー。いい」 「……」 火を点けて、フライパンに油をひいて。炒飯は、強火で一気に仕上げないといけない。 隣の鍋はお味噌汁。冷蔵庫の中にはサラダ。昼食みたいな献立の夕食。 「やっぱり、変」 後ろから聞こえる多香の独り言は、けれどもメニューに対してではなく。多分。 「寛子、変だよ」 ――変って言うんだ。そうなんだ。そっか。 髪を切って、鏡の中の自分を見たとき。多香は何て言うだろう、と、確かにそれを気にした。 自分でさえ感じた違和感。それを『変』って表現したとしても、多香のこと怒るつもりもないけど。 溶いた卵をフライパンに流し込む。手早く炒めながら、次の言葉を聞き逃さないように耳を澄ませた。 「知らない人みたいに、見える」 ……言うと思った。 振り向かないままで薄く微笑む自分は、もしかしたら少し意地悪だったかもしれない。 美味しく出来てる筈の夕飯がテーブルの上に並んでも、多香は落ち着こうとしなかった。 訝しげな視線が纏わりついてきて、あたしは苦く笑う。 「何」 「……寛ちゃんの顔が見たいな」 すっ、と多香の両手があたしの頬に伸ばされて、ふわりと包む。 優しい仕草だったけど、有無を言わせない絶対的な要求。 そうされてから、今日初めて視線を合わせたんだと気づいた。 別に避けてた訳じゃないけど。何故って。 ――多香は、自分の眼差しの強さをきっと知らない。 何かを確かめるように、多香の視線があたしを捕らえる。 意識して口元を引き締めた。そうせずにいられないぐらい、緊張してる証拠。 未だに、慣れない。悔しいけど。 「寛子?」 「ん」 「寛子だ」 「……そうだよ」 子供みたいな会話を交わして、あたしが口元を綻ばせるより先に、多香が嬉しそうに笑う。 「寛子だね」 「違ったら怖いでしょ」 「そっか」 「あー、もう……」 多香の腕を取って、顔を伏せて笑った。緊張が解けた分だけ、力が入らなくなる。 見失うことなんかないと思ってた。お互いに。どんなに変わっても、寛子は寛子だったから。 多香も、たぶん、多香のままで。だったら、そんなには遠くない場所に、きっといられる。 「多香は、もうちょっと変わっちゃってもいいよ」 例えば突然髪を切ったり、びっくりするようなメイクをしても……あ。 「糠漬けちゃんみたいになってても、多香のことすぐに分かるから」 「……本当に?」 まっすぐに見つめてくる瞳に、得意げに笑うあたしが映る。 「っていうか。寛ちゃん、見たんだ……」 「イヤ、ちらっと見ただけだけど」 「なんだぁ。ちゃんと見てよ」 「……見て欲しかったんだ?」 ようやく気が済んだふうの多香と、向かい合って夕飯を食べる。 「寛ちゃん、これ美味しい」 「当たり前じゃん」 うん。 こういう、距離だと思う。 あたしが作ったゴハンを、多香が美味しく食べてる。 多香が出てるドラマの主題歌を、あたしが歌ってる。 うん。 そういう、距離だね。 |