Getting lost



なっちがいない、と携帯に連絡が入った。マネージャーではなくて裕ちゃんから。曰く、

『電話しても地域外か電源切ってるかでつながらんし、

留守録に連絡くださいって入れてんけど全然かかってきやしない』

そんな状態で、もう二時間近くになるのだそうで。

圭織知らん?と聞かれて、丁重に、知りません、と答えた。



久々のオフ――っていうか偶然出来た空き時間だけど――ぐらい、顔合わせることもないのに。

一人で、見知らぬ地方の街をのんびりと歩く。

六時間だけ、突然空いたスケジュールに、みんなで歓声を上げて。

さすがに一緒にいると目立っちゃうよね、なんて何気にバラけつつ、どうやら全員街に出たらしい。

夕方までには、戻らないといけないのだけど。

圭織も、服か何か買いに行こうかな、なんて浮かれて――もう二時間もたってしまった。



でも、さすがに、慣れない地方じゃそんなにお店も回れないまま。

やや持て余した時間をどうしようかなぁなんて思っている頃、さっきの裕ちゃんからの電話。

なっちは別に行方不明とかになってる訳じゃないと思う。

たぶん、裕ちゃんが言ってたそのまま、携帯の電源を切ってるか電波が届かない地域にいるかで。

それで留守録入ってるのにも気づいてないってだけ。

まぁ、それについては裕ちゃんも分かっているらしくて、本気で心配している様子じゃなかったけど。

でも。メンバー全員に、電話してるんだろうな。なっち知らん?って。



会えればいいのに。

なんとなく、裕ちゃんのために、そう思った。

――いつだって、会いたい人に今すぐ会えればいいのに。



歩いて、足りなくて、電車に乗って。圭織の瞳に、知らない景色が映る。

本当は見たことある筈なのに、忘れてしまった景色。

なっちのことなんて探してなかった。

そんなんじゃ、なかったのに。



なのになんで、なっちはここにいるんだろう。



圭織はどうして、ここに来たんだろう。何を探して。

今はもう何も、少なくともあの日のままの訳がないって、それくらい分かるのに。

裕ちゃんに電話をしようと思った。電話をしないといけないと思った。

そのちょうど真ん中ぐらいの気持ちを、最初に思って。

だけどそれより先に、口が勝手に動いてた。

「なっち」

って。



「……圭織?」

なっちが振り向いて、本当に驚いたみたいな顔をする。まんまるの瞳。

そうして、ただ、そのまま。

だから。動けない。

やっぱり裕ちゃんに電話して、迎えに来させればよかったと思った。

圭織となっちの距離は縮まらない。いつも、ずっと。

今さら何でもないことのように。



……ハリネズミみたい。

近づき過ぎると傷つけ合うから、だから離れてしまうみたいに。

どうしていいのか、分からない。



「中、はいれるかなーと思ったんだけどね、ダメだった」

「……そっか」

なっちの視線につられるように、入口を探す。

ここは静かで、ただ大きな建物がそこにある。

寂れた野球場に見えるそれは、けれどあたしたちにとって特別な場所。

「こうやって見ると、なんか違うとこみたい」

記憶の中のざわめきも、熱も。ここからあまりにも遠くて。

「そうだね」

なっちが、少し、笑う。

「……でも。やっぱ、懐かしい。懐かしいよ」

言葉が揺れて。微妙な距離のままで、気持ちだけ伝わる。



あの日、あたしたちはここで『愛の種』を蒔いて、『モーニング娘。』になった。



「……どうして……」

なっちの声が掠れた。瞳から雫があふれて、それでも何かに追い縋るような視線。

――だから、ここに来たの?失くしたものを取り戻したくて?

気づいてよ、なっち。

少し離れたこの位置じゃダメなら、圭織は一歩踏み出そうと思う。

なっちが時々忘れて寂しがるのなら、圭織は何度だって言おうと思う。

あたしたちは何にも、失ってなんかいないよ。



「裕ちゃんがさぁ、探してるんだけど。なっちのこと」

携帯のメモリーを辿る。何度かの着信記録。アンテナは2本立っている。

え、となっちが呟いて自分の携帯を取り出した。

「あ……電源」

切れてる。

泣き顔のままで、くすくすとおかしそうになっちが笑った。

「あーあ」

圭織も、つられて笑う。そんなことだろうと思ってたけど――。



寂しいから、ここに来たんでしょ?一人になりに、来たんじゃないでしょ。

何も言わずに歩き出す。黙ったまま、一緒に帰ろう。

一度だけ振り返った。懐かしい場所。

あの日から、今いるここは、決して近くない。長い長い、時間が過ぎて。

それでもまだ、隣にいるんだ。……すごいよね。



「圭織、ありがとうね」

街中に戻る頃、なっちがそう言った。

ほら、そうやって分からない。なっちのためなんかじゃないって。

圭織もね、だからきっと、行きたかったんだよ。――思い出の中に。