Friendship



その話を聞いたのは本当に突然で。

笑い飛ばしたいような立ちすくむような、まるでいつも同じ思い。

――まただよ。いつも、こうなんだ。

だけどそんなもの、慣れるわけがない。



「紗耶香!」

その姿を見つけて、叫んだ。

駆け寄って、腕を掴む。

「矢口」

振り向いた顔は、ふ、と眉を下げて微笑む。

けれどもこちらの必死な形相に、軽く身構えたのが分かった。

「ホントに……ホントなのかよぅ!辞めるって、紗耶香」

「んー。ホント、だよ」

目元だけの器用な笑い方。

……いつから。



いつから、紗耶香は。



身長の差はどうあれ、ずっと妹だと思ってた。

だって実際、紗耶香は妙に弱気で変に強気でほっとけなくて。

頼りにされてる感じしてたし、勉強だって教えてたのに。

「矢口。腕、痛い」

「あ、ゴメン……」

無意識にしっかり握り締めてた手首を放す。

軽く腕を振ってみせるその仕草が、やけにオトコマエだった。

――たぶん、『真里っぺ』じゃなく『矢口』って呼ぶようになったぐらい、から?

紗耶香は、紗耶香のまんま、オトナに近づいてた。



気づいてなかった訳じゃないけどさ。それがこういうことだとは思ってなかったよ。



ゆるゆると、時間は過ぎる。止められない。その時に向かって。

武道館までの数十日間。紗耶香がいなくなる実感が、どうしても湧かなかった。

ただ、明日香や彩っぺがいなくなるときの、あの息が詰まる感じを思い出して苦しくて。

それだけで、避けようのない事実なんだと思い知る。そんな気がした。



もどかしい気持ちは悔しさに似てる。元々あたしは諦めのいい方じゃないから。

近い存在だったと思えば思うほど、どうして、なんで、ってぐるぐる回る。

もしも、もしかして、決定前に話が聞けていたら引き止められたかもしれない、なんて。

そんなふうに自分一人で思い込んだってどうしようもないのに、考えずにいられない。

ただ、そのうちに紗耶香は、明日香や彩っぺと同じ、あの眼差しをするようになって。

その頃にやっと、あぁ、もう絶対に元には戻らないんだ、と分かった。


番組や雑誌で、紗耶香の卒業に関してのコメントを求められる。

その都度その都度、せいいっぱいの思いを言葉にした。

それでもきっと、後になって伝えたいことなんか数えきれないくらい残ってしまうんだけど。

残り少ない時間、出来るだけ紗耶香とも喋っておかなくちゃ、とか決心して。考える。



――本当の本当に言いたいことは何だろう。



「紗耶香ぁ。やっぱ辞めるなよ。寂しーよ」

撮影で、隣に並んだときに。フラッシュの合間、こっそり呟く。

「また、何言ってんのさ」

紗耶香はカメラの方を向いたまま、困ったふうに笑った。



――言ってあげたいことは、何だろう。



「ね、紗耶香。えっとね、圭ちゃんとか、後藤のこととかは、矢口に任せて!」

騒がしい控え室で、勢いに紛れるみたいに。少しお姉さんぶって、胸を張った。

「ん。頼むよ」

優しいような切ないような声で、紗耶香はしっとりとそう言った。



――言わなくちゃ、いけないことは。



「あのさ。紗耶香」

きっと、娘。でいる紗耶香とのいちばん最後の瞬間。

「因数分解、出来る?」

紗耶香は、はぁ?って顔をして、気の抜けた声で答える。

「……苦手だよ、数学。知ってんじゃん」

あたしは、よっしゃあ!と派手にガッツポーズを作ってみせた。

「じゃ、もしいつか、因数分解教わりたくなったら、矢口に聞くんだよ?」

ね、と念を押すように手をとる。指切りの代わりに、繋いだ腕をぶんぶんと振って。

「……うん」

じゃあ、いつかね、と。
昔の紗耶香に似た、いたずらっぽく甘える瞳。

あたしはそれに思いっきり笑い返す。




まだ、涙はやっと乾いたばかりだけど。



いつか紗耶香が、何か分からなくなったときは、矢口を頼りにしてほしいと思うよ。

だから絶対に矢口のことを忘れないで、覚えていて、思い出してね。

それが、矢口の、紗耶香への愛の全部なんだよ。