First time



やばいと思ったときにはもう手後れで。

振り向いて確認した梨華ちゃんの顔は、思いっきり不機嫌そうだった。

「ひとみちゃんの嘘つきっ」

投げつけられる言葉は、痛い。たとえそれが、どれだけ可愛い声であっても。

――てゆうか、ここだけの話。これだけ可愛い声だから、本気で怒ってるのに気づき遅れた訳だけど。

「嘘なんか、ついてないって」

「だって、一緒に行くって約束したのに!」

梨華ちゃんは、ほっぺを真っ赤にして――うあっ、もう半泣きだし。

なんでだろ。あたしのしたことって、そんなに悪いことだったのかなぁ……。



少し前に、梨華ちゃんと、今度お休みの日があったら何処か行こうよ、って話をしてて。

……一応それは、初めてのデート、のつもりでいたんだけど。うん、あたしは。たぶん梨華ちゃんも。

で、たまたま二人とも、原宿って行ったことがなくって。わりと簡単に、行き先は決まったんだ。

日にちははっきりしてなくても、ちゃんとした約束。それは分かってる。

二人で、初めての原宿だね、って。にこにこしてた梨華ちゃんの顔も、よく覚えてるし。

で。だけど。

その約束は、なかなか実現できず――そんな丸一日のお休みなんてそうそうあるもんじゃないって、最近やっと知った――しばらくして。

あたしは思いがけず、原宿に足を踏み入れてしまったのだった。偶然。

えーと、プッチモニの仕事で集合したスタジオが、表参道の近くだったらしくて。

休憩時間に、どーしても買物に行きたい!と駄々をこねたごっちんに、あたしは便乗して付いていった、ってだけなんだけど。

まぁ、そんな訳で原宿に一足先に行っちゃったんだ、って何気なく報告したら……梨華ちゃんが見事に御機嫌を損ねてしまって、今に至る。



「別に、梨華ちゃんとの約束破った訳じゃないって。ちゃんと行くよ?一緒に。原宿」

「だって、初めてだって――同じだね、って言ってたのに!なんか……ずるいよ、ひとみちゃん」

――うーん。梨華ちゃんが怒ってる理由が、なんとなく分かってきた。

たぶんあれだね、『一緒に、初めての』原宿、ってのが大事なポイントだったんだろーね。……って今さら。

「でも、表参道の辺りだけだからさぁ。大丈夫だよ。竹下通りとか、全然分かんないし」

ね?って顔を覗き込んだのだけれど。梨華ちゃんの唇は拗ねたようにきつく結ばれたままだった。

「……表参道も、行きたかったんだもん」

「行くって言ってんじゃん!だいたい、ごっちんの買物に付いてっただけなんだからね、そんなに見て回ったりしてないっ」

頑なな相手に、あたしもヒートアップしてく。まずいと思いつつ、言葉が強くなっていく。

だって、なんか論点違ってない?あたしが悪いことしたって言うんなら謝るけどさ。

そんなあたしの苛々を知ってか知らずか、梨華ちゃんは睨むような眼差しで予想外の言葉を投げつけてきた。

「なんで、後藤さんと買物行ったりするの?あたしと約束してた場所なのに!」



――何なのさ、それ。



「なんでって、なんでそんなこと言うの!?別に全然そんなんじゃないんだから、ちょっと買物ぐらい――」

「それだけじゃないよ!ひとみちゃん最近後藤さんの話ばっかりするんだもん!」

「しょーがないじゃん、仕事で一緒にいる時間が長いんだからさぁ!梨華ちゃんだって人のこと言えないよ?」

「……そうだけど!でも、ずるいっ!後藤さんとは買物とか遊園地とか行ってるのに」

「何――あたしは仕事のときにごっちんと遊ぶのもダメな訳?自分は加護に平気でキスとかしてるくせに!」



……あ。

言い過ぎたかな、と――だから思ったときにはもう手後れなんだってば――さすがに口をつぐんだのだけど。

あたしを睨んでる梨華ちゃんの目に滲んでた涙が、とうとう溢れ出した。

そうして、悔しげにそれを手で拭う様子なんか見ていると、やっぱり。

どっちが悪いとか正しいとかはどうでもいいから、だから泣かないでよ、と思ってしまう。



「ごめん。言い過ぎた」

呟くように伝えた言葉で、梨華ちゃんの眉は余計に苦しそうにひそむ。

「……やだ、もう……っ」

消え入りそうな、細い声。やだ、って単語が心に思いっきり突き刺さった。けど。

「ひとみちゃん、あきれてるでしょ?あたし……すっごい、ワガママ」

それは、梨華ちゃん自身に向けられた言葉だったようで。あたしは、ぶんぶんと首を振る。

「……ホントに?イヤになったり、してない?」

上目遣いで見つめてくる真っ赤な瞳に、あたしは少し笑って、してないよ、と答えた。

なんだか、振り回されてる。けれども、気づかされてる。

女の子らしさの固まりみたいな梨華ちゃん。その、感情。あたしはたぶんそういうのに疎い方だから。

――12歳のあの子と、それもTVカメラの前でしてたキスに妬きました、なんて。

今になってやっと分かる、自分の中で漠然として言葉に出来なかった気持ち。

まだ目元を擦っている梨華ちゃんの手を、そっと握って下ろす。

眩しそうにあたしを見てる表情を、しっかりと記憶できるぐらいまで見つめて。それから、ゆっくり、顔を近づけた。

一瞬の出来事。

それでも、瞼は自然と閉じるものなんだなぁとか、ふれた唇が柔らかかったこととか。きっと忘れない、とそう思えた。

「今の、初めてのキスだから。あたしは」

「……」

「梨華ちゃんは、違うんだもんね」

「……ひとみちゃんのいじわる……」

拗ねかけた唇は、やっと、零れるような笑顔に変わる。



行ったことないトコ、いろいろ行こう。したことないコト、いっぱいしよう。

何もかも全部、これから、一緒に。