Distance



とりあえず、空缶を片づける。出来るだけ、音を立てないように。

缶ビールを3本も開けて気持ちよさそうにしていた裕ちゃんは、ほどなく眠りに就いていた。

ベッドを占領させてしまったので、自分の部屋なのに居場所をなくしてしまう。

なんだかな。何やってるんだろう、あたし。

すうすう眠っている裕ちゃんを眺めながら、少し途方に暮れてしまった。

こんなとき、彩っぺだったらどうするんだろう。

もう裕ちゃん起きてよ、とか言って一回起こして、で一緒に寝ちゃったりとかするのかな。

……でも、あたしは彩っぺじゃないからなぁ。

この一ヶ月、何度となく繰り返した言葉。心の中で。

それでも、彩っぺがいなくなってから、あたしは時々彼女の目線に立とうとしてしまう。

特に裕ちゃんとか、圭織に対してとか。

いて欲しいと思うのはみんな同じで、お互いにそれは言わない約束なんだけど。

でもそんなときになんとなく放っておけなくて、だから今日だって。

飲みたかったらしい裕ちゃん。でも一人じゃ寂しくてつまらないらしい裕ちゃん。

今までだったら必要なかった筈の、うちに来れば?なんて誘い文句。

黙ってられなくて、それでこんなことになっている。

……あたし、一緒に飲めないからつまんなかったかもしれないけど。

でも、彩っぺだってそんな飲む方じゃなかったって知ってるから。

幸せそうに飲んでる裕ちゃんの、それなりに相手をしたつもり、だった。



「代わりになんて、なれる筈ないよね」

ぽつりと声に出して呟いたそのとき、裕ちゃんがうっすらと目を開けた。

「……ん」

起こしちゃったかな。意外と眠りの浅い人なのかもしれない。

「んー……圭坊。何してん」

寝ぼけてる?何してん、って、ええっと。

「なんにも……」

人の返事を聞いてるんだか聞いてないんだか、裕ちゃんはうめきながら身体を起こした。

「あー、寝て……た……だめだ、眠……」

「まだ全然夜中だもん。寝てる方が普通だよ」

「そぉや、な……」

完全に覚醒しきった訳じゃないらしく、ふらり、とベッドに倒れ込むように再び横になる。

と、伸ばされた手が、あたしの頭をぽんっと軽く叩いた。

「圭坊も寝ぇや?おいで」

「うん……」

おいで、って裕ちゃんそれあたしのベッド。

たぶん今言っても聞こえないだろうから、声にしないで思うだけ。

けど、このベッドって二人で寝る用じゃないんだよね……。

狭い、と感じるより先に、裕ちゃんが擦り寄って抱きついてきた。

「うわ、カラダ冷たなってる……」

「んー、そうかな」

そりゃ、ずっとベッド脇にいたからね。……思うだけ思うだけ。

それにしてもこの体勢はどうなんだろう。まさか彩っぺといっつもこんなだったんですか。

このまま眠れるほど、圭坊はオトナじゃないんですけど。

裕ちゃんの手が、そんなあたしの髪をくしゃくしゃと撫でた。

「大人やったらよかったのになー……」

その言葉に、動きが止まる。考えてたこと、バレバレ?ひょっとして。

「そしたら、飲みに連れてけるやんなぁ……何処にでも」

「そのことかい」

思わず声に出して突っ込んでしまった。あー、でも、ちょっとドキッとしたよ。

ん?って顔の裕ちゃんに、何でもない、とだけ答えてごまかす。

「二十歳になったって、裕ちゃんのペースについてくのは無理だからね」

「えーねん、一緒に……いてくれるだけで」

……彩っぺみたいに?尋ねる代わりに、あたしは裕ちゃんの髪をさらさらと撫でた。



一緒に飲みに、か。そう言えば彩っぺにもそんなこと言われてたんだっけ。

雑誌か何かのインタビューだったけど、『一緒にお酒を飲みに行くなら?』って質問に

『もうすぐ二十歳になる圭と』って答えてくれてたんだよね。ちょっと嬉しかったんだ。

そのあと何気なくその話したら、彩っぺ、

『圭ちゃんとなら落ち着いて飲めそうだしね』

って悪戯っぽく笑ってくれたりして。誰と比較したかは、聞くまでもなくて。

いいね、行こうよ。絶対だよ。連れてって。――遠い、約束。

「遠いよなぁ……」

眠ったかと思っていた裕ちゃんがふいに呟く。あたしは再び固まった。

「……何が?」

「いや、十二月。こないだ十九なったばっかりやん、圭坊……」

なんてタイミングのいい独り言を言える人なのだろう、心臓に悪い。

あぁ、でも、そうだね。二十歳まではあと十ヶ月もあるよ。

それにその前に、裕ちゃんの。

「それ以上考えたらアカンで?」

……今のは、本当に読まれたらしい。

「自分だって考えたくせに。あと……四ヶ月?」

六月が来たら。

「あたしは、いーんですっ。もぉ、トシ、取りません。そう決めてん」

何処の神様が、そんなことを許してくれると言うのだろう。



でも。

そんな神様が、もしもいるのなら、あたしも祈るだろう。

ここにあるのは、追いつけないもどかしさ。

すぐ隣にある、離れたままの寂しさを。

――どうか、もう少しだけ近づけて。

そっと腕を伸ばして、その細い身体を包んだ。何故だろう、切なくて。

ふれるだけのくちづけ。――代わりじゃなく、なれるのなら。

あたしが、もっとあなたに必要とされたくてこうしていたんだと、やっと分かった。