Cool down
| 今日は、朝から、頭が痛いというか重いというか、とにかくそんな感じだった。 なので、収録が終わった後で倒れたときも、あぁやっぱり、と思って。 うん。倒れた自分より、周りの方がびっくりしてた。驚かせちゃったな、って気が遠くなりながら思ってたぐらいだし。 そのまま病院に運ばれて、注射と点滴打たれた。なんか、溜まった疲れが急に、がくん、って来たらしい。 で、明日も移動なのでみんなの泊まってるホテルに戻された訳だけど。 静かに寝てなさい、って言われると眠れないのはどうしてだろう。 身体は十分に怠いし、微熱は下がってない。なのに、横になってても睡魔が訪れる気配がなかった。 ……いつもなら、考える間もなく寝ついてる筈なのにねぇ。他人事みたいにそう思って、ぼんやりと天井を眺めた。 カチャ、と鍵の開く音がした。それから、ドアの開く気配。さっき、鍵を持ってったのはマネージャーだ。でも。 「ごっちん、入っていいー?」 聞こえて来たのは、圭ちゃんの声で。どうぞー、って返事をしたら、入口の方からひょこっと顔が覗いた。 「寝てた?具合どう?」 すたすたと近づいてくるのを見て、身体ごと向き直る。 「なんかねー、頭がぼーっとしてる。でも寝れない」 「大丈夫かぁ?寝てるもんだと思ったのに」 圭ちゃんの手が、無造作に額にふれた。ぺた、って感じに。反射的に目を閉じる。 特別、冷たいとも暖かいとも思わない。思う間もなく、すぐに離れた。 「まだ、熱あるの?」 「さっき計ったら、37度3分だった」 「微妙だねぇ」 ふーむ、と腕組みをして圭ちゃんが視線を落とす。あたしは訳もなく首を竦めた。 「ま、寝てろってさ。コンビニ行ってくるけど、なんか欲しいものある?」 ……あぁ、それで。答えを考えるより先に、なんで圭ちゃんが来たのかが今分かった。 「後藤も行こっかなー」 反対向きに寝返りを打ちながら、そう口にしてみる。 「え、ダメだって。我慢して寝てた方がいいよ、まだ」 少し驚いたような声で、即却下された。……されると思ってた。 分かってて、言ってみただけ。本気じゃない。 「ね。飲み物とかはさ、ペットボトル適当に買ってくるから。なんか、食べたいものとか、ない?」 柔らかく諭すような声が、今は耳に心地いい。 食べたいもの。食欲はあんまりなかったけど、一応いろいろ考えてみる。 「……じゃあ、すいか」 「スイカぁ!?」 背中を向けたままで、圭ちゃんのびっくりした声を聞いた。 「それ……ちょっと、スイカなんてさぁ、コンビニに売ってるの見たことないぞ、おい」 「でも食べたいんだもん。スイカがいい」 困らせようと思った訳じゃない。別に。本当に、それしか思い浮かばなかっただけ。 思い浮かんだら、食べたくて仕方なくなっちゃったし。 「んー、じゃあ、あったら買ってくるよ」 苦笑混じりの声が聞こえた。……売ってるの見たことないって、自分が言ったくせに。 「他には?それだけ?」 タオルケットに包まってる肩を、ぺしぺし、と軽く叩かれる。 頷いたら、くしゃり、と髪を撫でられた。 「じゃ、行ってくるね。ちゃんと寝てろよ?」 離れていく手のひらの感触を、目を閉じて少し追う。 遠ざかる気配を背中で聞いた。それから、ドアのノブが回る微かな音。 「……圭ちゃん」 起き上がらないまま、呟いてみた。聞こえなくても別にいいや。そんな気持ちで。 「ん?」 返事が聞こえた。……反応、あるんだ。そうなんだ。なんか、意外。 とくに何も考えていなかった筈なのに、続く言葉は自然に口をついて出た。 「あれ、買ってきて。おでこに貼る、冷たいやつ」 少しの沈黙の後、あぁ、と納得した声がする。 「分かった。任せて」 なんでもない言葉が、なんでだか優しく伝わる。少しだけ隔てた距離のせいかな。熱のせいかな。 もう一度ドアノブが回る音がして、静かに扉が開いて、閉まる。ゆっくりと目を瞑ったら、涙が目元に少し滲んだ。 ――なんだろ。 やっぱり、頭が少しぼんやりしてる。考え事が、うまく追いつかないや。 今、何かすごく大事なことを思ったような気がしたのに。 でも、いいや。思い出せない。圭ちゃんのことを少し考えた。圭ちゃんは、わりと分かり易い。 いつのまにか、分かるようになってた。それが、こういうときには安心できる。そういうことなんだと思う。たぶん。 ベッドの中を、ずるずると端まで移動する。ひんやりしたシーツに頬を当てたら気持ちよかった。 ――早く来ないかな、スイカ。 ドアが開く音に、ぱち、と意識が覚醒した。浅く浅く眠っていたらしい。 ビニール袋を下げて、圭ちゃんが部屋に入ってくる。 「起こしちゃった?」 「ううん。起きてた」 意味のない嘘。圭ちゃんがテーブルに袋を置いた。500mlのペットボトルが3本。 「なんか飲む?どれ?」 指し示された中でミネラルウォーターに頷いて、それを受け取った。 「……スイカは?」 ぱき、とペットボトルの蓋を開けながら尋ねる(起き上がるまで忘れてた)。 圭ちゃんは、あぁ、と目を細める。 「やっぱコンビニには売ってなかったよ、あんなもん。でも、言ったら買ってくるって」 どうやら、マネージャーが後で持ってきてくれるらしい。 「やった」 へへぇ、と思わず笑ってしまった。嬉しくて。スイカだ、スイカ。冷えてるといいな。 「あと、これ」 へらへら笑っているあたしを呆れたように見ながら、圭ちゃんがコンビニの袋から別の包みを取り出して、それを破る。 「あー」 それも、頼んだのを忘れてた。熱さまシートだっけ、冷えピタだっけ。とにかくそんな名前の。 「貼る?今」 「うん」 圭ちゃんが一枚取り出してくれるのを、両手で前髪を上げて待つ。 おでこに、ひやり、と冷たい感触が貼り付いた。 「あー、いい感じ」 思わず目を閉じる。それからそっと開けたら、まっすぐに覗き込んでいる圭ちゃんの視線がぶつかった。 ふっと黙り込む。あたしと、圭ちゃんと。 市井ちゃんのことを思い出した。 圭ちゃんが市井ちゃんのことを思い出してるんだと思って、あたしも市井ちゃんのことを思い出した。 あたしが市井ちゃんのことを思い出してるんだと思って、圭ちゃんも市井ちゃんのことを思い出した。 ……本当のところは、どれだったんだろう。 「けっこう似合うよ」 つん、と指で額のシートを突ついて、圭ちゃんが笑った。 なんとなく褒められたような気がして、つられて笑う。 「さて。じゃ、あたし着替えてくるからさ」 「うん。ありがとー」 立ち上がった圭ちゃんに、ひらひらと小さく手を振る。 「圭ちゃーん」 ドアを開けた瞬間に、小さく呼びかけてみた。 「んー?」 「後で、一緒にスイカ食べようね」 「おぅ」 振り向いて笑ってから、圭ちゃんは出て行った。 ドアが閉まるのを見届けてから、ゆっくりとベッドに倒れ込む。 身体にじわじわと満ちてる微熱。額から優しく染み透る冷たさ。 何かに似てるな、と思ったけど、今は上手く考えられそうにないから追求しないことにした。 |