Tiny little things



――ほんとに、いないや。

9月24日、仕事場に着いたあたしはまず、そう思った。

もしかしたら、いるかもしれないと思ってた。そうだったら面白いな、って。

「オハヨウございまぁす!」

「おはよう、加護ー」

「おはようございまーす」

もしかしたら、いるかもしれないと思ってた。そしたら、なんでおんねん!ってツッコもうと決めていた。

先に来てたみんなに元気よく挨拶しながら、楽屋の奥のほうへと進む。

まだ全員揃ってなくて、だから誰がいなくてもそんなに不思議じゃないんだけど、でも机の上にどさり、とバッグを置いて、そうしたらもう分かってしまった。

ほんとに、来ないんだ。ごっちんは、昨日モーニング娘。を卒業したから、だからもう、同じ楽屋には来ないんだ。

にがいクスリみたいな気持ちを、ガマンして飲み込んだ。



ごっちんは、メンバーで、先輩で、ちょっとトクベツに仲良しでお姉ちゃんみたいで、やっぱり加護にとってはアコガレの後藤真希ちゃんで。

そっかぁ。今日から、いないんだぁ。ぷー、とほっぺを膨らませていたら、つんっと軽く突ついてくる指と降りかかるキラキラ声。

「あいぼん、昨夜ちゃんと寝られた?」

遠慮なく沁みてくる優しさを、顔をぶんぶん振って追い払う。梨華ちゃんはたちまち眉を下げる。

「あんま寝れなかったから眠いのぉ!もー、梨華ちゃんあっち行っててぇ」

ばたり、と机に伏せっても、めげずに撫でてくれる手に安心してるのはナイショだ。梨華ちゃんの手は、女の子ーって匂いがする。

早く着替えちゃいなよ、とだけ言い残して、律儀に遠ざかる気配を感じた。

可愛いぐらい分かり易い、加護のもう一人のお姉ちゃん。大好きなんだけど、なんだか今日は素直になれない。

梨華ちゃんに、ごっちんの代わりみたいにされるのがイヤだった。ごっちんはごっちんで、梨華ちゃんは梨華ちゃんだって思う。

……それに。さっき、楽屋に入ってきたとき、梨華ちゃんが紺野ちゃんと新垣ちゃんと何か話しているのを見た。

梨華ちゃんはもう、加護だけのお姉ちゃんじゃないんだ。加護はもう、タンポポじゃないんだ。だから。

ちくちくと刺さる痛みはどうしようもない。学校の予防注射と同じで、逃げられないこと。

ごっちんがいなくなって、梨華ちゃんと一緒のユニットじゃなくなって、それでも早く着替えてお仕事しなくちゃいけない。

まだ髪に残ってる、さっき撫でられた感触に縋って顔を上げた。今日の衣装はどんなかな。あんましキツイのじゃないといいな。



衣装に着替えてメイクを済ませた頃には、もうみんな揃ってるみたいだった。

なんでだか、人数とか数えなくても、全員揃うとちゃんとそういう雰囲気になるので分かる。数えればすぐだけど、今日は12って数字を確認したくない。

いけないいけない。寂しがっちゃってる。じゃなくて、寂しいのはしょーがないんだけど、それで元気じゃなくなるのはよくない。

ぐるりと辺りを見回して、誰か遊んでくれそうな相手を探す。ののはまだ髪を結わいてる途中だし、梨華ちゃんは今はお姉さんチームで喋ってる。

そのとき、椅子からハデに立ち上がって、うおぉっしゃあ!と叫んだ大きい人がいた。

「よっすぃー♪」

長い腕に飛びついて行ったら、いつもの満面の笑顔で思いっきり抱きかかえられた。

「おー、愛しのあいぼん!今日もカワイイねぇ♪」

「いやぁん♪よっすぃーはいっつも元気だねっ」

「もちろんさ、よっすぃーはいつでも元気だよ〜?」

おかしな低音の声色で、お芝居みたいな喋り方。今日のよっすぃーは、正真正銘の『よっすぃー』だ。パワフルで賑やかで優しくてアホっぽい。

遠くのほうで、まーた始まったよ、って呆れた顔を矢口さんがしていた。



よっすぃーは、たまに朝からナゼか『ひとむ』になってる日があって、そういうときは飯田さんにセクハラしたり、矢口さんにデレデレしてたりする。

『ひーちゃん』の日は反対に加護に甘えてきたりするけど、『よすぃこ』の日はクールっていうか「フッ」て感じで、あんまりかまってくれない。

……何モンなんやろ、よっすぃーって。時々考えないでもないけど、それでも加護はよっすぃーのこと大好き。

「あのねあのねー、加護、今日は寝坊しちゃって朝ごはん食べれなかったのぉ」

「オ〜ゥ、それは良くないネ!パン持ってるけど食べるかい?」

今度はあやしい外人さんの口調で、よっすぃーはバッグのそばのコンビニ袋を差し出した。サンドイッチとベーグルサンドが見える。

「いいのー?食べる!」

「オッケーオッケー……って、ドリンク買ってくるの忘れちまったい。自販機行ってくるわ」

「あ、加護もー!」

やけにオトコマエな仕草で身を翻したよっすぃーの腕に、慌てて掴まる。「オナカすいた」より「一緒にいたい」のほうが強いんだ、今は。

財布を取りに自分のバッグの側へと引っ張ったけど、よっすぃーはかまわずに楽屋のドアに向かう。

奢るよ、とそのときだけ周りに聞こえないぐらい小さな声で言ってくれた。

「よっすぃー最高ー!」

「ハッハッハ〜最高だろ?かっけーだろ?」

「かっけー!マジで!あのね、んとね、加護思うんだけどね」

「んー?なんだい?」

腕に絡みついたまま、廊下を歩く。人にぶつからないようにぴったりくっつくと、デートしてるカップルみたいだ。

斜め上にある顔を見上げて、自然に湧いてくる楽しい気持ちのままにとびっきりの笑顔を向ける。

「加護、よっすぃーみたいなお兄ちゃん欲しかったなぁ!」

「おぉ、妹よ〜!」



ジュースを買ってもらって戻ってきたら、よっすぃーはすぐに撮影の順番が回ってきてスタジオに飛んで行った。

好きなヤツ食べてていいよ、と言われたので袋の中からサンドイッチを取り出す。

よっすぃーは本当に優しくて温かい。あんな恋人がいたら毎日ハッピーだろうなぁ、と思う。

恋人じゃなくても、メンバーってだけでも、それでも加護は毎日ハッピーだけれども。

プラスチックのパックみたいなのを開けたところで、ののが椅子ごと隣に寄ってきた。

「いいないいなー」

「食べるぅ?って、加護のじゃないっちゅーねん。半分こしよ」

ツナのを選んでパックを押しやる。ののはハムサンドを取った。タマゴのやつ一コぐらい、よっすぃーに残しとこうかなぁ。

いちおう辺りを見回すと、ちょうど一人、目が合った人がいた。

「紺野ちゃんも食べるー?」

「ううん、大丈夫。私ねぇ、今日は朝、トースト2枚と、あ、普通のを一枚とチーズトーストと、あとベーコンエッグと野菜サラダと粉ふきいも食べて、最後におしるこ食べてきたから」

「朝からおしるこ!?」

ツッコみたかったけど口の中がいっぱいで出来なかったとこを、代わりに新垣ちゃんがツッコんでくれた。高橋ちゃんも、いつもより目をまんまるにしてビックリしてる。

「えー、でもいいなぁ。オモチ入ってた?」

「入ってたの〜、すっごいトロトロになっててね、すごい美味しかった。オモチ小さかったから3つも食べちゃった」

呑気な食いしん坊フレンド・まこっちゃんが振った話に紺野ちゃんはこの上なく幸せそうに答えて、3つもー!?と再び新垣ちゃんが叫ぶ。高橋ちゃんの顔がますますビックリする。

モーニングの楽屋はいつも賑やかだ。それはきっと変わらない。この先どんなことがあっても。

遠くで、保田のオバちゃんがぽつんと座ってMDを聴いているのが見えた。何やら呟いていたから、たぶんケメコ語の勉強中。

楽屋のドアが開いて矢口さんが戻ってきた。今日の矢口さんはちょっとセクシーな衣装とメイクで、ミニモニ。のときと別人みたいだ、と思ったら鼻の奥がつんとした。



「ののぉ」

「んー?」

とっくに半分食べ終わってマンガを読んでいたののが顔を上げる。その平和な表情がわけもなく大切だと思えて、なんだか困ってしまう。

「……あれ、もう見た?ハリーポッターの、新しいやつ」

「まだー」

「見たくなぁい?」

「ちょー見たい!あれさ、お姉ちゃんに連れてってーって言ったら、やだあんなのって言うんだよー」

あっさりと話に乗ってきてくれるとこは特別。初めて逢った頃から、ずっと。

顔を寄せて声を潜めて、すぐにナイショ話ができるのが簡単でいい。

「……矢口さん、連れてってくれると思う?」

「びみょー……」

「のの、安倍さんはぁ?」

「あー、なんかダメっぽい。安倍さんあんま映画行かない。DVDになったら家で見る派」

「そっかぁー、んー、じゃあ梨華ちゃんかなぁ」

「オバちゃんは?」

「オバちゃんねー、言えば連れてってくれるかもしんないけど、なんか言い出しにくくない?」

「分かる。言えない。やっぱ梨華ちゃんか、あと飯田さん」

「飯田さん!それやん!それイイ、のの言ってぇー」

「なんでぇ。じゃ、飯田さんで、ダメだったら梨華ちゃんってことで」

「梨華ちゃんだったら映画見るだけだけど、飯田さんならゴハン食べに連れてってくれるよねぇ!」

「くれるねー!よし決まりぃ」

ぱん、と小さく手を打った。作戦はカンペキだ。名づけて『飯田さん、ハリーポッターの映画見に連れてってくださいよ』作戦!そのまんまジャン!

成り行きを見守っていたっぽい新垣ちゃんに、しー、と唇に指を当てたポーズで合図する。なぜだか真面目な顔をして、お豆ちゃんがこくりと頷いた。

矢口さんと保田さんが、またなんか企んでるでしょー!ってこっちを指差してるけど、笑ってごまかす。



楽しいことなら、次から次へとやってくる。そういう毎日なのがモーニング娘。で、あたしはその中に入りたくて、思い切って飛び込んできた。

笑うこと。笑顔。みんなといれば生まれてくるよ。絶えないよ。先輩たちに教わったこと。後輩たちに伝えたいこと。

止まらずに流れてる時間の中で、加護がここにいられる限り、大好きって叫んでいたい。

小さなシアワセを拾い集めて、みんなに分けてあげて、そしたら今度はみんなが加護に大きなシアワセをくれる。

だから今日も探してるよ。楽屋のあちこちに零れてる、ステキな出来事。

手のひらに、足元に、言葉の端っこに――みんながそっと隠し持ってる、とびっきりの愛だよ。