Sincerely



見覚えのある帽子の下から、猫のような瞳がきょろきょろと辺りを見回している。

それが待ち合わせの相手だとすぐに気づいて、あたしは控えめに(じゃないと怒られるから)手を振った。

「……うぃーっす」

早足で近づいてきた圭ちゃんは、笑っていたけど少し疲れ気味の顔。

「はーい、お疲れさまー」

「『お疲れさま』じゃないよ、アヤカぁ!」

間髪入れず、圭ちゃんの指先がバッグの中から紙切れを取り出す。会ったら速攻言ってやる、って決めてたみたいな勢いで。

「これ。携帯の番号知ってるくせに、なんで今さら手紙なの」

ひらり、と目の前に翳されたのは、確かにあたしから圭ちゃんに宛てたラブレターだったりして。

「たまには新鮮でいいかなーと思ったんだけど、ダメだった?」

「ダメって言うかさ、あんた、コレわざわざミカちゃんに『渡して』って頼んだわけ?」

「だってミカはモーニングさんと一緒のお仕事多いんだもん。ついでついで」

笑って流してみたら、目の前の相手は大仰に溜息をついた。

――圭ちゃんは時々、必要以上に照れやさんだと思う。そこがいいとこでもあるんだけど。

そんな訳で、あたしはダメ押しとばかり、それにね、と付け足してみる。

「ミカは、よーく知ってるからいいの」

「何を」

「あたしが、どれだけ圭ちゃんのこと想ってるか」

「知らせんな、そんなことっ」

ぺし、と頭を平手で叩かれる。その力加減が慕わしく感じる、って言ったら危ない人みたいかな。

けれども、さっきよりだいぶ明るく見える笑顔が嬉しい。あたしは圭ちゃんの手を取ると、上機嫌で歩き出した。



一緒に、ゴハン。ならば、焼肉屋さん。暗黙の了解。

焼肉が好き。食べてるときの圭ちゃんが幸せそうだから、もっと好き。

「……何、ニヤニヤして」

「んー?美味しいねぇ、タン塩」

「うん、最高」

子供のように相好を崩して箸を動かす、そんな表情めったに見られない――って言いたいとこだけど。そうでもない。

気さくな人なんだ。わりと。なんて言うんだろ、サバサバしてる。そんな感じ。

モーニングのメンバーといるときとか、スタッフさんたちと話してるときとか。そっけないけど暖かい佇まいは、素敵だと思う。

もしかして、あたしといると無防備になる?なんて自惚れてみたいけど、まだまだ。



「そういや、アヤカ」

「なぁに?」

「元気だった?」

ビールのグラスに口を付けて、こっちを伺う上目遣いに思わず胸がときめく。

そのせいで、唐突な質問に対するリアクションが数秒遅れてしまった。

「……元気だよ?なんで?」

「いや、なんでって言うか」

一口、ビールを飲み込む沈黙。こくり、と上下する喉元が色っぽい。

「ちょっと前、元気なかったじゃん。レフアが辞めちゃうとかってさ」

「あ。うん。そう……そうだったね。あたし、元気なかった」

遠慮がちに切り出された名前に、うんうんと頷く。確かに。

それは勿論、忘れてたわけじゃなくて、こうして話題に出れば今でも切ない。違う道を選んだ仲間。

「ハロプロの、最後のときもそうだったけど。なんか、ラジオでアヤカが大泣きしたとか聞いたよ」

「そう、すごい泣いちゃった……なんだろうね、止まらなくなっちゃって、台本読めないぐらい」

――あたし、進行役だったのにね。思い出すとちょっと恥ずかしくて、早口で喋る。

圭ちゃんは、そんなあたしを気遣うような眼差しで見つめる。



この人は、先輩。

仕事のこと、たくさん相談してるし、たくさんアドバイスしてくれる。

辛いのも悲しいのも、全部、知ってる。



「でもね、あのね、もう……平気って言うとなんか違うかもしれないんだけど、もう大丈夫!」

本当に。圭ちゃんがこんなふうに心配してくれるなら、あたしはきっと大丈夫。

楽天的かもしれないけど心からそう思えて、それを伝えたくて微笑んだ。

「そっか。なら、良かった」

圭ちゃんも少しだけ目を細めて、柔らかい表情に変わる。

それから、すっと手を伸ばしてテーブル越しにあたしの髪に触れた。

「よしよし。頑張ろうぜー」



――この人は、優しいから好き。だから今日は大好き。

無造作に撫でられた感触で、あたしはまた恋に落ちる。



「…… I sincerely wish you’ll be mine ……」



「あ?なんて?」

怪訝そうな顔をした圭ちゃんに、これ以上ないぐらいの笑顔を返す。

「残念だなー、って」

「何が」

「焼肉食べた後じゃなかったらね、今すっごくキスしたかったの」

「……バカ」



呆れたような溜息とともに吐き出された、その言葉。

それさえも愛しいと思えてしまうあたしを――でもきっと、誰もオカシイなんて言わないと思うんだ。