Overflow・・・



どうしても譲れない、なんて言わない。

誰かが来たら、この場所は空けなきゃいけない。

そういう準備は、いつだって出来てる。

圭ちゃんの、ココロの指定席。



今は空いてるって知ってる。

だから、ちょっと立ち寄ってるだけ。

居心地が、悪くないんだ。



本当だよ。それだけ。

誰もいないなら、後藤がここにいてもいいでしょ?

もっと優先順位の高い人が現れたら、何も無かったふりで何処にだって行けるから。



……やだな。

なんか、余計に好きみたい。

『迷惑かけないから』なんて、そっちの方がよっぽど必死?

違う、違う、違う。



「おーい。何、考えてる?」

は、と意識が現実に戻ったのは、耳元で苦笑気味に呼びかけられたせい。

圭ちゃんの指がやらしく背中を辿ってる、その感触が急にクリアになる。

「……んん」

なんでもない、って否定するつもりで、微妙な声。

「気が乗らない?あんまり」

「そんなこと、ないよ」

腕を圭ちゃんの身体に回して、二人の隙間を詰める。

近づく肩口に顎を乗せて、安心して目を閉じた。

「なら、ちゃんと集中してなよ」

冗談めかした囁きと、愛しげに――本当にそう思うの、自惚れてる?――髪を撫でる仕草。

あたしは、言われた通り、これから起ころうとしてることに気持ちを総動員させた。



「……え」

それは、不意打ちで。自分でも驚くほど、声に戸惑いの色が滲む。

だって。これって。

「ここ、で、するの?」

仰向いた姿勢で、呟きが中空に溶ける。視界に入る風景が、いつもと違う。

天井が馴染んだ高さより遠くて、テーブルの脚がものすごい臨場感で隣にあって。

「ダメ?嫌だ?」

あたしの首筋に顔を埋めてる圭ちゃんが、律義に一時停止したまま聞き返してきた。

ベッドは、ちょっと先。移動したら、雰囲気台無し、みたいな。

でも。だからって圭ちゃんは機嫌損ねたりしないし。後藤が嫌がったら、強引には出れないし。

えーと。なんか。……そこまで嫌だってこともないかな。慣れないだけで。初めてな、だけで。

ただ。ドキドキする、こんなの。どうしよう。どうしようね。

「あの。後藤、16歳なんだけどー……いいの?」

上滑りな言葉が口をついて、あんまりな頼りなさに、圭ちゃんの服の背中をぎゅっと掴んだ。

「ダメか。やばいか」

潔く、解放されそうな気配。身体を起こそうとしてる動作を、反射的に腕に力を込めて制止した。

「ってゆうか、待って。ちょっと待って」



子供だと思われたくない、っていう負けず嫌いな気持ちは、どっかにあったんだと思う。

嫌?って聞かれて、素直に嫌って言えない。

本気で嫌だったら、そんなこともないけど。ってことは。

「……いい。ここで」

両腕の力を抜いて、重力に身を委ねる。

後頭部と腰と、庇うように支えてくれてる手に、本当は最初からほだされていた、気がする。



服とか下着とか、身に付けてるものを取り去られる度に日常が遠くなる。

だって。有り得ない。こんなとこで、こんな格好。

苦しいほど息が上がるのに、それに疑問を持たないでいいなんて、すごく楽。

他の誰も見てないから、臆面もなく甘えて腕に縋れる。

「……圭ちゃん……」

手を伸ばして、襟元を掴んだ。くん、と軽く引っ張る。

要らないでしょ?こんなの。一人でそっち側にいないで、こっちに来てよ。

もっとそばで、もっと夢中で。

無言の訴えに、圭ちゃんが唇を尖らせて頬を染めた。

「けっこう難しいんだよ、これ、タイミングが」

拗ねたように早口で呟いて、そのわりに思い切りのいい動作でシャツを脱いでいく。

なんとなく目が離せないでいたら、視線を遮るように、喉元にキスが降った。



床の冷たさから逃れたくて、相手の体温を求める。

本能で知ってる、今、この瞬間に必要な、たったひとつのもの。

お互い、平熱より気持ち微熱。ふわふわ浮かされてる感覚と、喉が渇くようなもどかしさ。

身体を探られる違和感が、満たされる充足感に変わる。

吐息ごと零れる声は思い通りにならなくて、自分の耳にやたら情けなく響く。



爪が、何度もフローリングの床を掻いて。

あたしたちは、躾の悪い動物になる。



「ねー、って……」

なんか、今日、オカシイ。

がくがくと震える身体を制御する術もなく、圭ちゃんの首筋に縋り付く。

様子を伺ってくれる目線に、けれども上手く伝えられない。

圭ちゃんだって、それほど余裕がある訳じゃないのも、知ってる。

どう、なるんだろう。これは。この先。

違うのは、痛くないこと。そう思わなくなったこと。

泣きたいのは、何のせい?





今は、





……何処にも行きたくないよ。