One night story
−Daydreamer−



矢口さんの夢を見た。

不思議な夢だった。





何も無い部屋で、矢口さんを抱きしめる。

ひし、とか擬音が付きそうな、いつもの仕草で縋られて、胸がいっぱいになる。

『んー、温かぁーい』

矢口さんの御機嫌な声を、目を閉じて嬉しく聴いた。

気配の一つも消したくなくて、出来るだけ静かに呼吸しようと試みる。



やがて、耳慣れない小さな音をあたしは聴く。

しゅわしゅわとメレンゲが溶けるような、微弱なノイズ。

腕の中で矢口さんの体積が縮んでいくのを、目を閉じたまま感じ取る。

夢の中のあたしはまるで動じることもなく、あぁ今矢口さんの粒子が宙に零れてる、なんてぼんやり考えていた。

抱きしめてる感触はどんどん頼りなくなるのに、確かにあたしを包む幸せな感覚に身を委ねて。



サイダーの泡が弾けて消える理屈で、矢口さんはいなくなった。

今度こそ本当に何も無い部屋で、自分を抱きしめる。

いつからか握り締めていた右手を、何気なく開いてみる。すると。

ころり、と転がる小さな一粒。薄橙の金平糖――。

手のひらの上の砂糖菓子に、『矢口さん』と呼びかける。矢口さん矢口さん。そして、見つめる。

いつまでも飽くことなく、そればかりを繰り返す。





目が覚めた瞬間、ほとんど無意識に手を翳して、眺めた。

そこに何も無いことを確認して、大きく息を吐く。

物言わぬ欠片なら、手に入れても仕方ない。夢の中の自分が満ち足りていたのが分からない。

欲しいのは、固体でも現象でも無くて。



背筋を伸ばして起き上がる。今日も仕事で、つまり、会える。

あと5分で鳴り出す目覚ましを止めて、昨夜選んだ服に着替える。

新しいシャツは、何か好意的な反応を得られるだろうか。



――欲しいのは、気持ち。それだけ。