One night story
−Maybe I will ・・・−



「あーあ、なんか今日一人で帰るのヤだなー。なんでだろ」

十三人いる楽屋の中で、すぐ隣にいる一人だけに聞こえる声で呟いた。

机の上に散らかしてた私物をバッグに詰め込みながら、目線を落としたままで。

視界の端ぎりぎりに見えてる、よっすぃーの反応を伺う。



黒いジャケットに袖を通して、きっちりと前ボタンを嵌めた。

あたしよりもずっと荷物が少なそうなカバンを、肩から斜めに掛ける。

MDウォークマンのイヤホンを引き出して、それを持て余して――そして。

「ごっちん、片付いた?」

あたしの手元を覗き込むから、初めて気づいたふりで顔を上げる。

「うん。もーちょっと」

「今日さぁ、どっか寄ってかない?」

「あー、いいねぇ」

心地いい会話だ、と思った。

難しいことなんて何も無くて、それでいて気持ちごと柔らかく包まれるみたいな。



渋谷の、お気に入りの店で買い物してくこと。その後、よっすぃーの家へ泊まりに行くこと。

そうなればいいな、と小さく願ったことが、次から次へと決定事項に変わる。

これってひょっとして、よっすぃーに甘えてるってことなのかな。少しだけ疑問を感じたけど、そんなことない、とすぐに思い直す。

誰かに甘えるなんてこと、こんなに上手く出来る筈がない。

たくさんの人が行き交う舗道を、何の申し合わせもないまま歩いた。



「すっごい荷物になっちゃったー」

「ごっちん、買い過ぎだよ!」

帰りのタクシーに乗り込むまでに、あたしの手荷物は三つに増えていた。

行き先を運転手さんに告げるよっすぃーは、身軽なままだ。相変わらず金銭感覚がしっかりしている。

「着くまでに寝ちゃうかもしれない」

「うん、平気でしょー」

よっすぃーが一緒だから、何もかもとても心強い。

軽く寄り掛かるふりをしたら、その肩口があんまりにも落ち着くので困ってしまった。

不自然にならない動作で姿勢を正して、クッションの利いた座席に沈み込む。

何を、戸惑ってしまったんだろう?



実際には眠りにつくこともなく、ぼんやりと会話を交わしながら帰路を進む。

窓から見える街の灯りが、いつのまにか随分と少なくなってきていた。

「……どっか、遠くに行きたいなぁ」

「あー、いいねぇ」

返ってくるのは即答。きちんと、望んだところに近しく。

絶対に本気には取っていない口調で。だから言ったんだけど。だから言えたんだけど。

それでも、よっすぃーとなら、冗談の範疇で関東平野ぐらい越えてしまえる気がした。

簡単に叶うと錯覚できることが、こんなにある。なのに。

想いはいつも、どうにもならない。いちばんになれない勝負なんて、すごく嫌い。



タクシーが目的地に到着して、ドアが開く。夜のひんやりした空気の中に降り立った。

率先して歩き出すよっすぃーの後を、たくさんの紙袋を提げて足早に追う。

「ごっちん、明日どーすんの?それ」

「んー。午前中に一回、家に帰る」

よっすぃーは一瞬きょとんとして、すぐに持ち前の鷹揚さで笑った。

なんでもないよ、きっと。今夜一人で帰ることに比べたら、明日の早起きぐらい大したことじゃない。

訳もなく浮き足立つ気分に身を委ねる。



この気持ちが、恋じゃなくって良かった。

静かに照らす月灯りの下、あたしは柔らかく微笑んだ。