Call my name



最初、自分の名前を呼ばれたのかと思った。

けれどもすぐに、それが勘違いだったことに気づく。

続いた話の内容と、何より、その発音で。



「――でね、すっごい久しぶりに会ったんだけど、なんかそういう気がしないんだよね、紗耶香とは――」



紗耶香。それは、市井さん。あたしはあんまり面識がなくて、実は意外とよく知らない。

圭ちゃんの、大切な人。

……やだな。今、頭の中でセクシー8の曲が流れた。一瞬。

『けれども不安だな 本当に会ってないでほしい』……って。

もちろん、付き合い出して二ヶ月でもなければ、前の彼女と重なってた筈もないんだけど。

会ってないでほしいなんて、そこまで干渉したくもないんだけど。



それでも、ちらりと胸を掠めたのは、間違いなく不安な気持ち。

圭ちゃんが、いつになく柔らかな発音で、その名前を口にするから。

何気ない話の端々に、愛しさを滲ませるから。

「……聞いてる?」

あたしは答えずに、圭ちゃんの首筋に腕を絡めて抱き着いた。

きゅっと抱き寄せれば、いちいち優しそうな表情も、もう見えない。

「何、アヤカ、どうしたんだよぉ」

大好きな声が、無造作にあたしの名前を呼ぶ。それは率直に胸に届いて、離し難くさせる。

聡い人なら、きっと気づくのに。『妬いてんの?』なんてからかわれたなら、もっと出来合いの言葉で返せる。

だけど、圭ちゃんは本気で、なんであたしが今こうしてるのかが分からない。そういう人。

優しい大人と、幼気な子供と。両方持っていて、どっちも誰にも隠さない。

「アヤカってば。ねぇ」

腕の中で身動いで、あたしの顔を覗き込む。微かに落ち着かない眼差し。

見つめられたら、欲しくなる。その声を紡ぐ、唇を。



視線を合わせたまま、キスをした。目を閉じる必然性を感じなかったんだと思う。お互い。

そうしてみて初めて、薄く落ちた影が消えて、二人きりになれた気がした。

圭ちゃんがまるで意識しないから、なんだかあたしだけが挙動不審。

ねぇ?もっと卑怯に、名前で記憶を重ねるようなことしてくれたら、あたしもただワガママに、好きなだけ求めたり出来たのかな。

仕方がないから、ものすごく慎重に気持ちを伝えてみる。

唇をそっと食んで、舌で探って、その吐息ごと欲しがってるって白状してしまう。

「名前、呼んで?」

ソファに滑り落ちた後、圭ちゃんは切なげに小さく息を吐いた。



仰け反った喉元が、弱く震える。

ひたむきに縋る仕草で、あたしの腕を引き寄せた。

繰り返し呼ばれる名前は、まるで優しさの証明。

あたしが望んだものを圭ちゃんがくれたから、圭ちゃんが望むものをあたしがあげる。

「……アヤカ……」

何度も。何度でも。

泣き出しそうに揺れて、闇に溶ける声。

あたしだけに響いて、胸の奥、この上なく甘く疼く。