Belong to the one



「……疲れた」

ベッドに仰向けに倒れ込んで、ナナさんが呻く。

同じように隣に寝転がって、あたしも深く長く息をつく。

こんな疲労の仕方は初めてだ。ライヴの後とは似ても似つかない、奇妙な昂揚と、そして解放感。

それだけ、今日の仕事が特別なものだった、って証明でもある。

美奈子の、結婚発表の記者会見。

当たり前だけども、そんな仕事はMAXにとって初めてのこと。慣れない感覚も、当然といえば当然で。

一人になったら、取り止めの無い考えごとの渦に飲み込まれてしまう筈の今夜。

あたしは、ナナさんと共に過ごすことを選んでしまった。



「玲奈ー」

気怠く掠れた声が、あたしの名前を呼ぶ。手首の当たりに、指が触れた感触がした。

ずるずると手繰り寄せられるのに任せて、視線だけをナナさんに投げかける。

ナナさんは、焦点の合わない目を――故意に、だろうけど――して、引き寄せたあたしの指に口付けた。

どんなに感情を表にしない仕草を見せられても、さすがに今夜はほとんど役に立ってない。

指先で反応を返すのも億劫なのと、好きにして構わないと思う気持ちと。半分半分で、眺めるだけ。

ナナさんの唇が手の甲を滑って、手首の辺りに一度、愛しげに押し付けられた。

「跡、付けとけばよかった」

あたしの手を離さないままで、唇は不穏な台詞を呟く。

誰のこと?なんて突っ込む気も起こらない。

むしろ、そうだね、って同意したいぐらいの気持ちで。

「玲奈はダメだからね」

何が?なんて、聞き返すまでもない。

――あたしのだから、だから、ダメ。

呪文のような言葉が気持ちごと流れ込んで、あたしを牽制する。

ナナさんに『執着』なんて似合わない、と他人は言うかもしれないけれど、ここにあるのは寂しさに由来する我侭。

「玲奈だけ?」

「りっちゃんにも、釘刺しておいた」

きっぱりと言い放って、小さく息を吐いてからナナさんは目を閉じた。

いつもの冗談口なのに、上手く空気に溶けてくれずに蟠る。

りっちゃんは、どんな顔して今の言葉を受け止めたのかな。

今夜、終始テンションの高かった笑顔を、ふと思い描く。

人一倍嬉しがりやさんのりっちゃんは、こういうとき、みんなに優しい。

だから、ナナさんにも、きっと。



軽く身体を捩って、ナナさんが顔を伏せた。

ううう、と不機嫌な猫みたいに唸る。空いてる方の手でシーツに爪を立ててるから、余計に。

あたしの腕に伝わる力も、さっきより強くなる。

微かに漏れ聞こえる声が気になって、耳を寄せてみた。

「……あたしの美奈子……」

辛うじて聞き取れた言葉に、一瞬固まったことは否定しない。

けれども、今のこの状況で、こんなことを言えてしまうのがナナさんという人。

そして、そんなナナさんに全幅の信頼を寄せているのが、あたし。

そんな訳で、愛しくて零れる微笑みのまま、思いっきりシーツに突っ伏した。



に、しても。さっきのは、駄々をこねる子供そっくりの口調だった。

それが可笑しくて含み笑ったら、なによぅ、と抗議するような声が上がる。

「なんで笑うのー!だって美奈子はあたしのだもん、MAXのだもぉん!」

じたじた、と。

足元のブランケットを蹴散らしながら、ナナさんが喚くのは全くの正論。

そう思えてしまうあたしも、少なからず問題アリなんだろうか。

そんな自分がなんでだか嬉しくて、伏せっている同志の細い身体に抱きついた。

「そうだよね、美奈子はウチらのモノじゃんねー」

「でしょ?あげないよね、そんなのー」

きゃあきゃあと、好き勝手に言い交わしては笑い事にしてみる。

頭の隅っこで、美奈子ごめん!って片手で拝みながら。



だって。そう。

心は縛れない。自分を省みれば分かる。MAXだけに愛情を傾けるのは、望ましいけど難しいこと。

身体なんか、もっと切実だ。美奈子の身体は今、美奈子だけのものじゃない。逃れられない。生理的に。

けれど。美奈子を形作る、様々な要素。その内の幾つか。

少なくとも、歌うことと踊ることはMAXの為のものだ。そこに属するべきもの。譲らない。

それを物足りないことだと思いたくなくて、あたしたちは……上手く言えないけど、わりと頑張ったりなんだりしているのだから。

って。ねぇ?ナナさん。

いつのまにやら、あたしの腕の中に収まって目を閉じている相手に、こつり、と額を合わせる。

どこか揺らいでいた気持ちを落ち着かせてくれたのは、やっぱりこの人ってことか。

そんなの、認めるのも多分、今更なんだけど。



「ねー、玲奈」

ぱち、とナナさんが不意に目を開けた。考え事をしていたせいで、あまり驚かずに済んだのはラッキーだったと思う。

それでも軽く身構えてしまったのは、ナナさんの口調が何かを強請るようなそれだったから。

「今夜さ、奈々子の為に歌って?」

突飛な言葉を紡ぐ、笑ったままの綺麗な形の唇。

甘えてるんだか甘やかすつもりなんだか、あたしの腰に回してくる腕も。

「……いいよ、じゃあ歌う、ナナさんの為に」

出来る限りの遊び心で切り返してみる。かなわないのは承知の上。

「ありがとー v」

「その代わり、ナナさんはれれに何かしてくれる?」

「んー、それじゃ、玲奈の為に踊ってあげる」

「えぇー?」

それでもいい、と思ってしまったことは、むしろ問題じゃない。

今問題にすべきなのは、とっくに日付が変わってる時刻だとか、下の階の住人の存在だとか。多分。

「……じゃあ、明日ってことにしよう?」

あたしは、持ち合わせている愛敬を最大限発揮して、提案してみる。

「うん。そうだね」

ナナさんがふわりと笑って快諾してくれて、とりあえず一安心。

でも、玲奈アルコール入ってたら絶対やってくれたのに……とか、後に続いた言葉は聞き流した。敢えて。

歌うのも踊るのも、また明日。

あたしたちに、途切れることなく訪れる明日。

「その代わり、今夜、腕枕して」

最後に付け足された言葉だけが聞き流せない。現金なものだ、あたしの耳なんて。



「……女の子がイイな」

あたしの腕枕で軽く寝返りを打って、ナナさんがぽつりと呟く。

美奈子の子供。やっぱり似てるのかな。美奈子のミニチュアみたくなるのかな。

「んー……玲奈は男の子がいいー」

天井を仰いで、あたしはにんまりと笑う。だってさ、きっと優しくてしっかりした子になるんだろうなぁ、って思って。

どっちでもいい。どっちも素敵。上手くやれる仲間になる。

――こんなにも大きな存在に属している。

ほんの少しの自嘲と、湧いては溢れる誇らしさに目を閉じた。



おやすみ、ナナさん。おやすみ、美奈子。おやすみ、りっちゃん。おやすみ、玲奈。

また明日、いつもの場所で会おうね。